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おのづから言はぬを慕ふ人やあるとやすらふほどに年の暮れぬる(西行)
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『カーネーション』

「糸子、不倫をする」の巻が終わりました。

 

土曜日はめまぐるしい展開でした。堂々と恋愛宣言をした後、「稼いだらいいんやろ、稼いだら!」という糸子主義をここでも貫き、周囲をお金の力で黙らせた糸ちゃん。

右に札束、左に男、で浮かれポンチの糸ちゃんを冷ややかに見守る人々。もちろん本人がそれに気づかないわけはなく、まるでわざと周りに聞かせるかのような傲慢な発言の数々は、まるで治りきっていないかさぶたを剥くかのような自虐的行為にも見えます。己の主義主張を貫けば貫くほど、乖離していく人々の心。恋人とて、例外ではありませんでした。彼のためと動けば動くほど、空回りする愛。それはまるで巻きすぎた時計のネジのよう。ふたりの時間はいつからか、止まってしまっていたのです。糸子はようやく最後の決断を下します。

これ以上ない決着に見えました。糸子と周防の心模様、周囲の反応、子どもへの影響など、ぎゅっと濃縮100%の回でありながら、ラストに余韻を残す上質なラブストーリーでした。

 

ピアノ買うて攻撃、奈津の結婚など、今週はちょっと性急で、雑多な印象がぬぐえませんでした。きっと、不倫の印象を薄めるためだったのだろうと思いますが、ここはじっくり見たかったかなあとちょっと残念です。周防はまるでダンジリのごとく突っ走ってきた糸ちゃんのペースを乱すはじめての男。登場した時は物語自体のテンポが激変して、不快でさえありました。トータルで観るとこの周防の巻は上質を保ってきたこのドラマのはじめてのつまずきのような印象がありますが、「天下の朝ドラ」という制約ある中、不倫という難しい役どころを丁寧に演じた尾野真千子も綾野剛も大変だったろうなあと思いますし、NHKの「やったったで!」感はしっかり伝わりました。女性の一代記、朝ドラ素材にはうってつけの素材ながら今まで採用されなかったのは、この部分が原因だったのでしょうから。

 

それにしても、ふたりの別れは奥さんの病気が鍵、などと浅はかな予想をしたものです。そんな自己犠牲の精神にあふれたキレイな不倫の終わり方なんて存在しませんから。恋におちたら妻がいようが夫がいようがふたりの世界、最初から最後までふたりだけ。糸子と周防ももれなくそうでした。実際、糸子は周防の妻がピカの後遺症に苦しんでいると聞かされた直後でさえ、ばったり再会したことを「運命」などとはしゃいでいますし。苦笑さえこみあげてくる皮肉な描写です。ことごとく、ドラマの定義を裏切るドラマです。

 

周防に別れを告げる糸子は美しく、凛々しく、清々しくもありました。まるで『風とともに去りぬ』のスカーレット・オハラのようです。オハラ・・・そういうことか。

サーモンピンクのも、グレーのも、ボルドーのワンピースもそれぞれに素敵でした。次週から、高度成長期に向かってますますおしゃれの大輪の花が咲きそうです。子役もさま変わり。個人的に、新山千春は『リミット』、『SUPPINぶるうす』の好演があるので期待しています。ヒロインオーディションの最終選考に残ったというパワフルな次女も、勝さん似? のおっとりマイペーススポーツウーマン三女も、ダンジリ母に負けず劣らず、それぞれ個性が光ることでしょう。

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『カーネーション』

いやぁ・・・朝ドラにしてはショッキングな展開ですなあ・・・。

『セカンドバージン』や『カレ、夫、男友達』をはじめ、基本ドラマの恋愛は現実の倫理観をすっとばしたところで展開するものだと思っていたので、別に抵抗はなかったのですが、糸子のこれに関しては、「・・・」でした。

朝ドラだからというのもありますし、糸ちゃんの人生を幼少期から観てきているだけに、言ってみれば小さい頃からの仲良しが不倫しているところを見てしまったような感じでしょうか。恵さんが「気色の悪い!」と言い放ちましたが、まさにその感覚です。糸ちゃんかわいそう、とは微塵も思いませんでした。「人のもんやのに・・・」と涙を流すところまでは非常に美しかったのですが、しょせん不倫は不倫、キレイな不倫なんてありませんし。

主人公である以上、糸ちゃんに感情移入しなければいけないはずなのに(しかもドラマはまだ続くのに)、挑戦的な描き方だなあ、と思いました。

「組合長が若干けしかけたフシがある」「恵さんが喫茶店で大泣きするから噂が立った」「自分から辞めると断言しないズルイ周防」「勝さんの顔見られますか、て、その人も浮気してたんやけど」など、主人公に反論の余地を残しつつ、しかし言い訳せず罪を背負うと断言させるところなどは、糸子らしいっちゃらしいのですが、「周防さんは近づいてこない」「見つめ合うだけで幸せ♪」的なプラトニックラブを示唆しておきながら、「罪を背負うってことは不倫関係?」「自然に抱き合ってるけど、何や知らんいつの間にかデキてんねやん」と昼夜のドラマに慣れ切った身としては消化不良の感もなきにしもあらずです。これが朝ドラの限界なのでしょうか。まあ、不貞行為にあたるかどうかはともかくとして、妻子ある男性を好きになって近くにいられるからと店で雇い、誰もいないところでハグをする、また妻子ある身で女性を好きになり近づきたい一心で店に雇われ、ハグされたらハグし返すのは、充分に良心の呵責に値する行為だとは思いますけれど。

しかし、周防はズルイ男ですね。告白も糸子からだし、糸子は好きだけれど奥さんは見捨てられない。なのに雇ってほしいといけしゃあしゃあと頼みに来て、抱きつくのも糸子からで抵抗せず抱き返す。「辞めましょうか」じゃないだろ、「辞めます」だろう! と受け身の姿勢にイライラしっぱなし。これも本来なら同情すべき主人公の恋を応援できない理由です。あまり男性として魅力的ではないけれど、糸子が惚れるのは、ま、相性なのかなと思います。『源氏物語』にも、女は従順で可愛らしいのがよし、でも仕事はできなきゃダメと言っていますし。男女をとりかえればまんま周防だな。糸子はお父ちゃん気質ですし。

同じ脚本家が描いた『ジョゼと虎と魚たち』での妻夫木聡演じた主人公も優柔不断でしたが、恋愛をキレイごとに描かずにひとくせピリリと効かせているあたりが似ています。そういえば彼も九州男児だったが・・・。

 

本来、恋とは人間の原始的な本能ですから、倫理観をよそに恋心が産まれるのは自然なことなのでしょうが、そこは人間ですから、自制心が働くのもこれまたあたりまえだと思うのです。しかし箍が外れたら、人間は欲求に忠実な野生に戻り、倫理観は吹っ飛んでしまう。糸子は店主としての立場を建前にもっともらしいことを論じて自分の恋を正当化しようとしていますが、結局は己の欲望を優先する理性を忘れた愚行にしか見えません。ただそれを糾弾する周囲とて、洋装店は糸子の夢だったからという建前をもとに糸子に店主、家長としてすべての責任を負わせ、糸子が女としての幸せ、青春のすべてを棒に振るのを傍観してきたのですから、今更それを盾に詰るのもどうかなと観る者に思わせるあたり、まるで「罪なき者まず石を擲て」とイエスが言ったヨハネの福音書に出てくるワンシーンのような、うまい演出だなと思いました。

 

ふたりの恋はじき終わりを告げるのでしょう。周防の妻は長崎のピカの毒で病の床にある、というのが鍵になりそうですが、いったいどのようなオチをつけるのでしょうか。

 

そういえば、「朝ドラで不倫とは何事か!」という批判を避けるかのごときタイミングで、主役交替が発表されました。尾野真千子の糸ちゃんに魅せられた身としてはショックですね・・・。最初から知っていれば受け容れられたのでしょうが、ちょっとなー。ま、夏木マリの好演を期待します。

『運命の人』

沖縄返還密約事件――山崎豊子らしい、社会派で挑戦的なテーマです。

当初出版された時は文庫化されたら読もうと思いつつ、すでに発売されていることを知りませんでした。

というわけで、本編を知らないままドラマを観始めたのですが。

初回から圧倒されます。最初にラストシーン(?)を持ってきた後、過去に戻り早いテンポで登場人物のあらましが説明され、迫力ある新聞社の風景、山崎作品によく見られる貞淑な妻と一見幸せな主人公の家庭風景、それとは対照的な外務省女性事務官のすさんだ夫婦・・・。これからの展開はどうなるのかドキドキしながら、あっという間のエンドロールでした。

・・・といいつつ、気になって事件のあらましを調べてしまったのですけれども; 恥ずかしながら、この裁判のことははじめて知りました。

難しい単語と古風な言い回しが多いからかセリフ回しに硬い部分が多く見られるのは気になりますが、基本的に演技派俳優が多いので、最後までスピード感を落とさずかつ重厚な内容となりそうです。

それにしても山崎豊子さんはモックン好きなんだなー。

大森南朋のモデルがかのナベツネ会長と知った時にはビックリでした。どうして彼が野球のことだけでなく、政界問題にも顔を出しているのかつねづね不思議だったのですが、スゴイお人やったんやな・・・。

 

『早海さんと呼ばれる日』

上のドラマと同時間帯にもかかわらず、テイストは180度違うお気楽ホームコメディ。まあ、頭を使わずに楽しく観られるのもドラマの特権です。

松下奈緒は、やはりキャリアウーマンよりもおっとりしたお嬢様役が似合います。『ゲゲゲの女房』のイメージが強すぎたかなあ。はじめて観た『人間の証明』は印象的だったのですが。

こんなやつらおらんやろ~というツッコミは不要。同じ嫁として同情や反発を抱くのもNG。所詮はつくりごとですから、のん気にこたつにもぐりせんべいでもかじりながら眺めることにしましょう。ただ、かとうかず子の「つかず、つかず、つかず、離れず」という言葉には何やら感ずるものが・・・。

優梨子のお部屋のインテリアがとても素敵でしたが、あの昭和チックな早海家では見られそうにありません。早海家の雰囲気や個性的な親兄弟たちがどう変わっていくのか、楽しみです。

 

『開拓者たち』

ドキュメンタリードラマと銘打っているだけあって、経験者たちの談話を挟みつつ、実話のごとく展開していきます。

満島ひかりや新井浩文、石田卓也など、テレビより映画で活躍している俳優を多用しているせいか、迫力はドラマの枠を超えています。

敗戦後、満州に残っていた日本人の過酷な逃避行は『大地の子』でも描かれていましたが、私の祖父母も満州からの引き揚げ体験者です(開拓団ではありませんが)。幼い母や乳飲み子の叔母など、多くの子を抱え、祖母はドラマのごとく男装して顔に土を塗り、ソ連軍に脅えながら、ひたすらに引き揚げ船を待ったそうです。その時のことを、祖父母が話すことはありませんでした。思い出すのも辛く苦しい過去だったのでしょう。ただ、本棚に分厚い満州の写真集がひっそりと置かれていたことを憶えています。結局、祖父母が大陸の土を踏むことは二度とありませんでしたが、ふたりはどんな思いでかつて生活を送っていたその風景を眺めていたのか、今はもう知る由もありません。

俳優たちの熱演と硬質な脚本・演出のおかげで、ただ感傷を誘うだけではない胸に迫るドラマになっています。どうして地上波で放送しないのか、もったいなく残念でなりません。

脇役では芦名星の熱演が光っているように思います(夕顔はさっぱりだったのに・・・)。綾野剛も最近NHKづいていますが、『セカンドバージン』『カーネーション』とはまた違った表情で、多彩なのだなあと思わされます。

 

『平清盛』

視聴率が悪いだとか画面が汚いだとか、いろいろと物議をかもしているようですが・・・。

初回を観る限り、まあまあかなと。やりたいことははっきりしているようですし。去年が去年だったというのもあるような気もしますが・・・テイストは、近年ではイチオシの『風林火山』に似ているような気がします。

まえだまえだ(弟)が上手くて驚きました。兄より上手いかも。

未登場の松ケンに期待するのはもちろんですが、豪華脇役陣、色ボケジジイの伊東四朗とヘタレ三上博史の対比ぶり、後宮の女たちの争いなど、楽しみな見どころが満載です。源平合戦より前のこの時代の知識があまりないので、予習をせねば。結局『平家物語』も脱落してもーたし;;

ただ頼朝のナレーションはちょっと脱力します。普通にアナウンサーか、せめて年配の俳優を使ってほしかった・・・。

 

昨年末、3年に及んだスペシャルドラマ『坂の上の雲』が放送終了しました。

この日が来るとは知りながら惜しく淋しく、最終回を迎えました。

 

華麗なる絵巻、胸躍る戦記、群雄割拠の英雄たち。それらと同列に語るには、近代史はあまりにも複雑で生々しく、興味本位で掘り下げることもできず丸暗記で押し通した学生時代。しかしそこにこそ自分に近しいルーツがあり、知識欲とはまた違った部分を揺さぶられ、歴史とは何か改めて考えさせられた『坂の上の雲』は、司馬氏の他の著書とはまた違った意味で一生書棚から降ろされることはないであろう本になりました。

そしてこのドラマも、記憶媒体に残しておきたい作品となりました。

 

命。今自分がここに在ること。それは過去から連綿と綴られてきた歴史の道の上にある。

歴史を知ること。それは己を知ること。命を知ること。生と死を知ること。

 

『坂の上の雲』で描かれた時代背景において、思想や解釈の違いによる歴史的論議は今でも数多くある。それは専門家に任せておくとして、読者として、視聴者として感じるのは、以前にも書いたけれども、これは歴史小説ではなく、明治期を生きた人間たちの生と死を描いたドラマであるということ。

生きる、生ききるとはどういうことか。真之や好古、子規の生きざまからそれを思う。

彼らを含めた先人たちの築き上げてきた文化文明、その上に与えられた命。平等に待つ死に対し生を全うしたと言い残せるかどうか。

 

ただ漠然としたあこがれや興味だけでない、歴史に触れるとはこういうことなのだと。

有史以降のすべての命の営みが、詰まった作品であると思います。

 

大作を観終えた後はしばらくぬけがらのようになってしまいました。

日本海海戦においても、陸戦と同じく硬質な描写は抜かりありませんでした。海戦史上もっともドラマチックな展開にあっても、救国の英雄は存在せず、軍人はなまぬるい感傷を拒絶するかのように淡々と己の仕事を全うし、状況に応じて白旗を掲げ講和に持ち込むその流れにこそ、戦争の本質を突くものがありました。

三人称で語られる小説とは違い、ドラマでは登場人物が何らかの決着をつけない限り終わることはありません。戦争を終え、まるで余生を過ごすかのごとく、穏やかな松山の海で釣りをする秋山兄弟。歴史を知っているはずなのに、国を背負い戦場に出たふたりにこんな日常が戻ってきたことに、喜びを感じてしまいました。

後日談として描かれた、ポーツマス講和条約に向かう小村寿太郎と伊藤博文との一連のやりとり。原作よりも印象深かった今までのふたりの足跡を思うと、手ぶらで戻ってきた小村を無言で出迎えた伊藤の言葉にできない胸の内が手に取るようで、本編が終わった後もなお、感動させられました。

もちろん、他にも印象的な俳優さんは大勢います。むしろほとんどが、ドラマの質を損なわない名演であったと思います(赤井英和だけはちょいと・・・)。

今までも、何度でも観たいと思うドラマはありましたが、DVDを本気で買おうか悩む作品はこれのみです。

残念だったのは、これを大河ドラマとして一年通しで観たかったこと。もっとも、通常の大河とは比較にならない予算がかかったそうですから、クオリティは下がってしまうでしょうが・・・。

 

今後も、テレビからこのようなドラマが生み出されることを願います。

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