『ニュー・シネマ・パラダイス』のジュゼッペ・トルナトーレ監督の描いたあるピアニストの半生。といっても、『ニュー・シネマ・パラダイス』は観ていないのですが…。
ヨーロッパとアメリカを往復する客船のピアノの上で発見された赤ん坊。西暦にちなみ「1900」と名づけられた彼は、成長してやがて船内でピアノの才能を発揮するようになる。
1900の世界は船の中にあった。船内で生を享け、大きなゆりかごで育ての父の愛にはぐくまれ、文字を学び、新聞を読み、さまざまな人と出会い、音楽に目覚め、ピアノという表現の道を歩む。生涯の友を得て、はじめての恋を知り、音楽家としてのプライドをかけた勝負にも勝ち、その指で紡ぐ音楽という奇跡の時間を日々旅の者たちに与え続ける。
旅をしている間というのは、特別な時間が流れるものだ。
まして船旅という決して短くはない道中、まさに一期一会の見知らぬ人たちが集う船内、1900のピアノの音色を耳にした時の感動は、誰しもの胸にとどまり決して色あせることはないだろう。
やがて船は港に入り、船客は同じ思い出を胸にそれぞれの目的地を目指す。
しかし1900は船を降りることはない。
同じ船、同じ海、同じピアノ。しかしその世界は無限に広がる。ピアノの周りの笑顔がいつも同じでないように。1900の奏でる曲がいつも同じ音色でないように。天候で海が表情を変えるように。明日がいつも今日と同じでないように。船の中の世界は、刻々と変わり続ける。
1900にとって、陸の先こそが、平坦に見えた。陸に広がる空も、行きかう人も、1900にとっては音楽のない色あせた世界そのものだった。それを知った1900は、船を降りない人生を決意した。
幸せのかたちは人それぞれにある。それを知った友は、彼を残し廃船をあとにする。1900には美しい音楽があった。あふれる愛があった。色鮮やかな記憶とともに、彼の人生は炎の中に消えた。
旅の夜。
ピアノの音色が、船旅に疲れた心を癒す。海の先の大陸に夢を見る。1900の音色は残る。果てない旅を終えてもなお、人びとの心の中に、きっと。
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