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おのづから言はぬを慕ふ人やあるとやすらふほどに年の暮れぬる(西行)
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桐島、部活やめるってよ
「好きなことができるのは、学生の間だけ」
「子どもは自由だ、大人には自由がない」
「学校行って勉強したり部活したりするだけいいなんて、働くよりずっと楽だよなあ」
子ども時代に大人からよく言われる言葉です。
今の生活に不満があると、過去のことはいい記憶しか思い出せなくなるものです。
生活のために嫌なことも我慢してあくせく働いてばかりいると、学生生活が懐かしくなるのです。
が、子どもには子どもの社会があるわけで。
大人が思うほど、好きなようにも生きられないし、自由でもないし、勉強も部活もほどほどにしないと息苦しさをみずから招くことになるのです。
「スクールカースト」なる言葉が流行りだしたのはつい最近のことですが、子ども社会の上下関係なんてはるか昔から存在していて、誰しもがその理不尽さを目のあたりにしそのまっただ中でもがいてきたのです。
運動もできて勉強もできて美人の彼女がいるいわゆる「リア充」桐島。その彼が、部活をやめる――。この作品は、桐島が桐島たることによってアイデンティティを保ってきた周囲の生徒たちの、揺れ動く数日間を描いています。
原作は朝井リョウ、20歳の時の作品です。高校を卒業して間もなく、まだその時の感覚を保っていたからこそ、描けた世界だったのかもしれません。
記憶は日々上書きされ、変化していきます。
作中、映画部の顧問が言います。「高校生のリアルを撮れ」。その言葉に対し部員の前田は反発心を憶えます。自分が撮りたいのはゾンビ映画だ、ゾンビが今自分にとってのリアルなのだ、と。
20年前の自分なら、前田に共感していたでしょう。今自分がやりたいこと、好きなこと、それがゾンビの襲撃やら剣と魔法の世界やら熱烈な恋愛やら、自分の周囲を取り巻く現実とかけ離れていても、それが自分にとってのリアルだと。
しかし今の自分は、顧問に共感してしまいます。私が顧問であっても同じことを言うでしょう。ゾンビなんていつでも撮れる、大人になってからいくらでも撮れる。10代には10代にしか見えない、感じ取れないものがあって、そのリアルを大切にしろ、と。たとえそれが相手の心に届かない言葉であったとわかっていても、なお訴えかけるでしょう。リアルは自分の心の中ではなく、自分の外にある世界のことであり、それを感じ取ることができるのは今だけなのだと。
学校という空間は、不特定多数の人間と否が応にもかかわらざるを得ず、そしてその世界で生きていくために「普通」を装わなければなりません。『ヒミズ』の時にも書きましたが学校社会では違和感を押し殺し、うわべの友達を作り、お弁当も移動教室も放課後も誰かとつるんで「普通の学生」を装わなければいけないのです。それは子ども時代だけの特別な生き方です。大人になるとその苦痛を忘れてしまいます。あんなに毎日を苦しめた学校生活だったのに、当時の日記を読み返してハッとさせられるほど年月はその記憶を風化させてしまいます。
顧問もそれを感じていたからこそ、前田たちに呼びかけたのでしょう。しかしお金やら家族やら、大人と較べて守らなければならないものがない子どもにとってアイデンティティはいちばん大切なものであり、前田もやはり自分の守るべき世界を譲らない。桐島というアイデンティティを失ったカースト上層部の生徒たちが乱れる姿とは対照的でした。
前田のレンズの先にあるリアル、それが20年後同じ世界を保っているとは限らない。それでも未来は見えないし、過去にも絶対戻れない。未来の自分からかもしれない誰かの言葉は絶対に届かないし、過去は都合のいいようにかたちを変えてしまう。
今を生きるしかないのだ。
無数の選択肢の散らばる世界で、その時その時の己の守るべきアイデンティティとリアルのためにどれかひとつを拾い上げる。
人生なんて、そんな瞬間のくり返しにすぎないのだ。

『あまちゃん』メンバーが大勢出ていました。ユイちゃん、リーダー、若大吉(今は悠さん)、AD小池。古びた校舎を照らす夕日と取り巻く紅葉、体育館にボールの跳ねる音、響き渡る吹奏楽。ロケ地は高知のようですが、いつかどこかで目にしたような懐かしい風景。いつの間にか高校生たちの誰かに自分の姿を投影させてしまいます。誰もが通ったはずの17歳の一日。それはもう心の奥で未来の自分に踏み潰されてかたちを変えたいつかの記憶。
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ヤスオーと古都の片隅で暮らしています。プロ野球と連ドラ視聴の日々さまざま。
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