監督を選んで作品を鑑賞することはほとんどないのですが、キム・ギドクとクリント・イーストウッドは別。
舞台はアパルトヘイト撤廃後もなお根強い差別意識の残る南アフリカ。ネルソン・マンデラ大統領とラグビー代表チームキャプテンのフランソワとの間に芽生えた絆と、弱小チームが自国開催のW杯で優勝するまでの実話を描いた作品です。
国際情勢に疎い自分ですが、教科書にも載っていたアパルトヘイト政策がようやく廃止された時のニュースはなんとなく憶えています。前時代的な負の遺産は破壊され、政治も経済も社会の内部を知らない子どもは、何の疑いもなく南アフリカの未来は歌のようにあかるい光に包まれるだろうと信じていました。
和解と真の平等の未来の象徴であったマンデラ大統領。偶然にも二週続けて、差別と戦い国を背負って立つリーダーを描いた作品に触れました。
差別撤廃が、すわ平和国家の成立と成り得たわけではありません。差別されてきた側の抱く憎しみ、怒り。差別してきた側の畏れ、反発。マンデラの周囲においても、黒人の警備兵たちは新たに白人を雇ったことに対して大統領に反感を抱きます。身近な場所のみならず、国じゅうに禍根が残っている状態でした。
ラグビーワールドカップは、大統領にとって格好の国家統一の材料でした。
最初は政治にスポーツを利用しようとしただけだったかもしれない。しかしフランソワは、マンデラの赦しと寛容の心に触れ、徐々に弱小チームの意識を変えてゆく。フランソワもまた、チームを背負うにふさわしい魂の持ち主だった。ふたりのリーダーがもたらした新たな国家の化学変化は、懐疑的だったマスコミの前評判を覆してチームが勝ち続けるにつれ、国全体の熱狂を呼び覚ます。マンデラ自身も仕事よりラグビーの結果が気になって仕方ない。見ている者もまた、負けざる者たちの魂に熱されて言い知れない高揚感に包まれる。そして迎えた決勝の日――。
「ボカ」の大合唱でフィフティーンを迎える6万2千の観衆。燃えたぎる歓声は、オールブラックスのハカをも圧倒しかねない勢い。それが頂点に達したのは、スタジアムの上空を一機のジャンボ機が飛び越した時だった。その機体に書かれていたのは「GOOD LUCK BOKKE」。
タイトルの「インビクタス」とは、ラテン語で「征服されない」を意味します。マンデラ自身、アパルトヘイトの反対運動に身を投じたために27年間も収監されていました。暗く狭い牢獄の中、しかし彼は決して誰にも支配されなかった。
負の歴史を自身の中で浄化し、未来のみを見つめ過去を振り返らないマンデラの崇高な魂。それはやがて、周囲の変化を呼び起こしてゆく。肌の色を問わず誰にしも。
白人のみのスポーツとしてアパルトヘイトの象徴でもあったラグビーを忌み嫌っていた黒人の側近たちは、いつしか白人の同僚とラグビーに興じるようになりました。
スタジアムに入ることのできない貧しい黒人の少年。警備中の白人警官たちが聴くラジオの実況こっそり耳を傾けます。最初は「あっちへ行け」と追い払われました。しかし試合展開が白熱していくにつれ、我慢できず少年は車に近づきますが、集中している警官は気づきません。いつしか彼らはともに声援を送っており、次にはおごってもらったのか少年はジュースのカップを手に興奮し、最後には一緒になって飛び跳ねて勝利を祝いました。
試合後、フランソワはこうコメントしました。「応援してくれたのは、4千3百万の南アフリカ人です」。
マンデラの願いは国じゅうに、人種を超えて、届いたのです。
淡々と、しかし感動的に、イーストウッド監督はこのできすぎなくらい奇跡の物語を描いています。
もちろんこの物語には続きがあるはずです。国民の思いがひとつになり国家に安寧をもたらしたのかといえば、答えは南アフリカでサッカーのワールドカップが行われたこの15年後の状況に表されているでしょう。
ただ、マンデラが、スプリングボクスの選手たちが示した、確かな未来。世界は変えられる、負けざる魂を、誰にも支配されない信念を持ち続けていれば。その光を灯し続けていくのは、今を生きる我々にしかできないことなのだと強く感じる作品でした。
くしくも今日は総選挙。日本のリーダーは、果たして彼らのように国家をひとつに纏め、あかるい未来を示すことができるでしょうか。
それにしても、これだけ国民に支持されながら、みずからの家庭はうまくいっていないあたりもリンカーンと共通しているのは、人間味があって面白いと感じました。
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