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おのづから言はぬを慕ふ人やあるとやすらふほどに年の暮れぬる(西行)
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アモーレス・ペロス
 

人間が「生きる」ということを描いた、見ごたえのある映画

 

r081669383L.jpg ★★★★★★★★★☆ 

監督/アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ

出演/エミリオ・エチェバリア、ガエル・ガルシア・ベルナル、
ゴヤ・トレド

 (1999年・メキシコ)


 時間軸が交錯しつつ微妙に絡みあっている、3つの話から構成されている映画です。1つめの話の主人公はオクタビオという青年で、自分の兄ラミロの妻であるスサナに恋愛感情を抱いています。彼はスサナと2人での新しい生活を夢見て、自分の飼っている犬を闘犬に出場させ、お金を稼ぐことにします。2つめの話はモデルのバレリアと、彼女と不倫関係にある妻子持ちのダニエルが主人公です。ダニエルがついに妻子と別居し、2人の幸せな生活が始まるはずだったのですが、突如バレリアに災難が訪れます。3つ目の話は殺し屋エル・チーボが主人公です。彼は昔は反政府活動に没頭し、妻子も捨てたのですが、今でも娘のことは気がかりです。そんな彼に、自分の兄弟を殺してくれという仕事の依頼がきます。

 僕は大学生の頃、下宿していたマンションにやって来た怪しげな宗教団体の人に、革張りの立派な本をもらったことがあります。いらんと言ってもくれると言うから、仕方なく受け取って、どうしようもなくヒマな時に読んでみたんですが、読んだら読んだで宗教に全く興味のない僕でもなかなか面白かったです。キリストが出てきてたので、多少はその団体特有の解釈があるにせよ、キリスト教に関する本なのは間違いないでしょう。僕は今回この映画を見て、その本に書かれていたことを思い出しました。たぶんこの映画の監督は、宗教に多少興味があるんだと思います。

 たしかその本には、神は完全に愛を実践できるんですが、人間の愛は神の愛にははるかに及ばない不完全なもので、間違えた方向に進んでしまう、といったことが書いてありました。まさにこの映画で描かれている愛そのものです。タブーを犯していると言ってもいい、罪深い愛ばかりです。そんな愛でもこの映画の登場人物達は、傷つけ傷つけられながら必死で相手に伝えようとしているんですけどね。

 この映画が全編にわたって退廃的な雰囲気が漂っており、どう考えてもハッピーエンドのお気楽な映画ではないなというのは開始5分でわかります。この監督は、悪いことをしたら当然報いはあるのだが、そもそも人間は罪深い存在だから、その罪に対する罰として苛酷な運命を辿るのは必然であり、だからこそ生きるということは辛いんだ、ということを言いたいんでしょう。この映画の登場人物には、「こいつは何て運が悪いんだ。」と言いたくなるような痛々しいことばっかり起こりますし、結末も救いようがないですからね。

 しかし見終わった後に絶望だけが残り、生きるのがいやになる映画では決してありません。この映画には、「人が生きるというのはすごくしんどい」ということだけでなく、「人が生きるというのはすごくしんどいことだけれど、未来は絶対にあるし、だからこそ人は生きていくんだ。」というメッセージもあるんです。特に3話目はそうですね。この監督は人間を冷めた目で突き放して見ているわけではなく、基本的には受容しているんでしょうね。人間は不幸を乗り越えることができるんだという見方をしていますから。

 とにかく、「人間が『生きる』ということはこういうことなんだ。」というこの映画にぶつけている監督の気持ちがひしひしと伝わってくる、非常にパワーがあり、見ごたえのある作品です。映像も粗いですが、それがよけい映画の世界をリアルに感じさせ、登場人物達の生きざまを生々しく見せてくれます。文句なしにいい映画ですね。点数は★9ぐらいはあるでしょう。最近流行りの時間軸が交錯する構成の映画ですが、構成が複雑すぎてストーリーを追うのに疲れるといったことはなく、じっくりとストーリーを味わいながら見ることができます。

 ちなみに、この映画はタイトルが「犬のような愛」というだけあって、犬がたくさん出てきます。人間と犬が重なるシーンも多いから比喩としても効果的ですし、闘犬のシーンなんかも迫力があっていいんですが、どう考えても動物が好きな人がこの映画を見たら怒るだろうなというハードな映像がたくさんあります。特典映像で犬が丁重に扱われていることがアピールされているんですが、こういうのが入っているということ自体が非常にしらじらしいですね。僕は動物がそんなに好きじゃないのでいいんですけど、動物好きの嫁なんかには到底この映画は薦めることができません。

 この映画の監督と脚本家は、菊池凛子で有名な「バベル」で有名な人ですね。僕は「バベル」の日本人の描き方には非常にムカついていたので、このコンビにはかなり悪印象を抱いていたのですが、「アモーレス・ペロス」を見るかぎり才能は認めざるをえませんね。しかし「バベル」は結局アカデミー賞は作曲賞しか獲れなかったんですね。あの盛り上がりはなんだったんでしょう。

 
 




<アモーレス・ペロス 解説>

  メキシコシティ。ダウンタウンに住む青年オクタビオは、強盗を重ねては放蕩を続けている兄ラミロの妻スサナを密かに恋していた。ラミロの仕打ちに苦しむスサナもオクタビオには悩みを打ち明けるのだった……。スペインからやってきたモデル、バレリア。仕事も成功し、不倫相手のダニエルも妻と別居し、2人はマンションでの新たな生活を始めるのだったが……。初老の殺し屋エル・チーボのもとに新たな仕事の依頼が舞い込む。エル・チーボは殺す相手の行動を観察する一方、昔捨てた自分の娘の後を追い、こっそり家に忍び込む……。

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