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おのづから言はぬを慕ふ人やあるとやすらふほどに年の暮れぬる(西行)
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もともと、ならまちは猫の多いことで知られているのですけれど、

移住してきたのか増えたのか、そこより少し離れたこの場所でも時々猫が現れるようになりました。

 

誰かが情を移したのでしょう。

マンションの入り口に、猫の餌が置かれるようになりました。

毎日、日替わりでいろんな猫を見ました。

警戒心の強い成猫も、産まれたばかりの仔猫も、必死で食べていました。

梅雨時には臭いがこもり、夏には虫がたかり、落し物も転がるようになりました。

 

ある朝、猫の鳴き声で目覚めました。

窓の下にはあの仔猫がいました。

三日三晩、べーべーと鳴いていました。

 

出かけようとすると、入口の外で仔猫が待っていました。

扉が開くとすぐに逃げて行きました。

餌はありませんでした。

 

夕方帰ってくると猫はいませんでした。

餌はありませんでした。

 

猫の鳴き声はもう聞こえません。

 

どこかから注意を受けたのでしょうか。

餌の買い置きがなくなったのでしょうか。

それとも面倒くさくなったのでしょうか。

 

成猫たちはこんなもんさとあきらめてまた荒波をかきわけていくでしょう。

手のひらに乗りそうな、小さな小さな猫でした。

親とはぐれたのか、ひとりだちさせられたのか、

与えられることを早くに知ってしまった仔猫は、厳しい世の中を渡っていけるでしょうか。

 

私にはその「誰か」を非難する権利はありません。

私もかつてあやまちを犯したひとりであるから。

だからかわりに餌を置くこともしません。

だけど迷惑を訴えることもできませんでした。

 

それ以外にもなにかできることはあったのではないか。

ただの傍観ではないか、

暴力を、虐待を傍観して眉をひそめて犠牲がおきてから涙を見せる、

唾棄すべき傍観者となりはてていたではないか。

 

足を止めそうな場所はいくつもあって、

でも止めるべきなのか、止まったほうがいいのか、考えているうちにいつの間にか通り過ぎていく。

そんなことばっかり。

悩むくらいなら考えないほうがいい。

鈍磨していくこの精神。

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