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おのづから言はぬを慕ふ人やあるとやすらふほどに年の暮れぬる(西行)
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男装の女性、という設定は、なぜか好奇心をくすぐられます。

『ベルばら』のオスカルは最高にかっこいいし、

最近では男子高に潜入する女子高生が主人公のドラマもありますね。

このお話が成立したのは千年も前のことですが、

その時代から、変身願望はあったのですね。

 

男の気性を持った妹君、女の気性を持った兄君、

ふたりの性格を「取りかえたい」と嘆く父親、

奇妙な一家の、波瀾万丈の物語です。

 

とにかく、次から次へといろんなできごとが起こり、目が離せません。

妹君は男装で出仕し、偽装結婚しますが、その妻・四の君は親友の宰相中将と不倫、

しかも自分までその男に手籠めにされ、あげくに妊娠してしまいます。

失意のうち、男にともなわれて京を出奔する妹君。

彼女を救い出したのは、尚侍として後宮にいるはずの兄君でした。

兄君は、女東宮の後見人として出仕していたのですが、

行方不明になった妹を探すため、男の姿に戻っていたのです。

ふたりはお互いの立場に入れ替わり、

妹君は尚侍として後宮に戻り、帝の寵愛を受け、中宮の位にまでのぼりつめ、

兄君も人身位をきわめ、栄耀栄華を誇ります。

「取りかへばや」の父の願いは叶い、一家は幸せな結末を迎えました。

 

おもしろいのは、ひとりひとりのキャラクターがきわだっていること。

それぞれの心理表現が的を射ているため、誰にも感情移入ができてしまいます。

自分を責め続ける妹君は切ないし、

兄妹に振り回される女好きで単純な宰相中将はユニークだし、

不倫の罪を背負ってしまう四の君も、同情すべき一面はあるし、

我が子を思い続ける父親の嘆きや喜びも、至極真っ当。

 

ただ、妹に較べて兄君の影が薄いのですね。

前半は「閉じこもってばかり」で、尚侍として出仕してもやっぱり後宮の奥にいるだけで、

女東宮と関係を持ってしまったことがちらりと書かれるだけ。

男の姿に戻り、妹と再会する場面では大活躍ですが、

いきなり本性をあらわにし、

妹を探し出した吉野で出会った姫宮を妻に迎えます。

四の君とも夫婦関係を保ち、

妹君が男装していた頃、少し交流のあった女性とも契り、

女東宮に至ってはほぼ見捨てている状態。

兄君にとっては、はじめての女性だったはずなのですが、

広い世界に出てみれば、次から次へと魅力的な女性が出現し、

ねちっこい女東宮はすっかり嫌われてしまったのですね。

現代の感覚としては、うーん、子まで儲けた女東宮が可哀相でなりません。

 

『源氏物語』も、源氏を取り巻く女性たちの愛と苦しみの物語であると思うのですが、

こちらも苦しみのどん底にいた女性の一生の物語。

一度は死を考えるまでに思いつめた妹君が、

心広い帝に愛され、幸せになるラストには、

当時の読者も、よかったねえとこぼれる涙をぬぐったに違いありません。

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