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女優をめざしている超・自己中女の澄伽が、両親の事故死をきっかけにド田舎の和合家に帰省。
迎えるのは、兄の宍道とその妻の待子、妹の清深。
血のつながらない妹の澄伽に対し、異常に気を遣う宍道と、
清深に対する澄伽の執拗な嫌がらせに、不審を抱く待子。
和合家の過去と実態が、徐々に明らかにされていきます。
コインロッカーに捨てられ、施設で育った待子は、
「家族」にあこがれ、和合家の一員になるため奮闘しますが、空回り。
だって、和合家は「家族」でもなんでもないのだから。
「家族」とはなんでしょう。
宍道も待子も、ことあるごとに口にしますが、
澄伽も清深も、その言葉にまったく反応を示しません。
人間はなべてエゴイスト。
それでも共生していけるのは、倫理や道徳など、
自己を抑制できる観念を身につけているからです。
和合家にはそれがない。
宍道は性慾、澄伽は自己顕示慾、清深は創作慾、
己に忠実に生きているからです。
夫のDVに耐え姉妹のバトルに翻弄されている待子ですら、
素直という名のお節介を焼きます。
携帯電話すら圏外になる、山あいの美しい自然。
風景のままに生きる人間たち。
そのもとでは、「家族」という幻影など色あせて、
慾のエネルギーの前に散り散りになってしまいます。
原色の人間は面白い。
ですが、「家族」という観念に縛られた空間だからこそ、
人は原色になれるのかもしれません。
主役を演じた佐藤江梨子は、決してうまくはありませんがハマり役です。
それ以上に、待子役の永作博美の怪演が光りました。
評価:★★★★☆
<おまけ:ヤスオーのシネマ坊主>
この映画は心にけっこうぐぐっときましたね。僕みたいな建前やきれいごとが大嫌いな人にはいいと思いますよ。人間の持ついろいろな感情がストレートに伝わってくる、たいへんパワーのある映画です。テンポもいいですから、飽きることなく一気に見れますね。
話のメインは姉妹の憎悪感情ですね。僕は小さい頃、近所の年が近い姉妹と一緒に遊んだりしてたんですが、その頃から姉妹ってのはなかなか微妙な関係だと思ってました。一緒にゲームとかしてたら、お互い相手のことをまるっきり信用していないのがわかりますからね。いつも緊張感が漂っていました。だからこの映画の姉妹の仲の悪さにも何の違和感もなかったし、ブラックさに引くことなく激しいバトルを楽しめました。
出てくる役者もみんな雰囲気出てましたよ。サトエリなんて僕は顔も大したことないし演技も上手じゃないし全然好きじゃなかったんですが、この映画はハマっていましたね。妹役をしていた女優も野暮ったくて陰気な雰囲気が出ていて良かったし、永瀬正敏もねちっこくて不健康なエロさが出ていて良かったし、山本浩司もしょうもない男のオーラが出ていて良かったです。そしてさや氏の言うように永作博美はまさに「怪演」でした。僕はこの人演じる兄嫁が一番病んでいるように見えて怖かったです。
まあ、姉も妹もイヤな奴なんでどっちの味方もできないんですけどね。この映画ははっきり言って登場人物の誰にも感情移入できませんから。みんな変な人たちです。しかし不思議なことに、この映画を最後まで見ていると、登場人物全員にいとおしさみたいな感情が生まれてきます。どうしてでしょうかね。人間って素晴らしいなあと思いましたから。ラストのチャットモンチーの曲がより感動を深いものにします。サビが「わたしが神様だったら、こんな世界は作らなかった」ですよ。いい歌詞です。さすがチャットモンチーです。
評価:★4/(★5で満点)