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おのづから言はぬを慕ふ人やあるとやすらふほどに年の暮れぬる(西行)
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ラスト、コーション

タイトルの「ラスト」は、"last"だと思っていました。"lust"の意味は情欲。

原題は『色|戒』。

確かに、劇中展開される性描写は過激です。その煽り文句だけでも衆目を集めるでしょう。しかしこの生々しく描かれるセックスは他人が興味本位に覗いてしまうと返り血を浴びてしまうほどに暴力的で、交尾後に命を落とす虫のごとく野性的です。

舞台は1942年、日本軍占領下にあった上海。あこがれの人クァンに影響されて抗日運動に参加したチアチーは、傀儡政府に協力する特務機関の中心人物イーを暗殺するため、マイ夫人という架空のセレブに化けてイーを誘惑する。

当初は純朴な女子大生であったチアチー。平和な時代であったなら、恋に演劇にとごく平凡な青春時代を送ることができたでしょう。しかし時は戦時下、抗日運動の熱にうかされていく周囲の若者たち。チアチーも淡い恋心ゆえにその嵐の中へ飛び込んでいく。気づいた時には遅かった。稚拙な暗殺計画は彼女に色仕掛けを強要し、処女さえ好きでもない仲間に捧げなければならなかった。「目的」を果たすまでには三年の月日を要した。その日、イーは彼女の衣装をひき破り殴りつけ縛りつけ背後から犯す。練習で得たテクニックなど披露しようもない。ことを終えコートをぽんと放りイーが部屋を去ったあと、チアチーはぼろぼろの身を横たえたまま、静かに微笑む。

観ている者まで痛めつけるような壮絶なレイプシーン。しかしこれも物語の展開には必要な伏線だったのかもしれません。特殊な任務上他人を信用することのできないイーは、女を相手にしても正面から向き合えず暴力でねじ伏せる。狂ったように相手を求め、あらゆる体位で交じり合う。やがてふたりの視線が交差する。冷たく獰猛だった男の目に愛憐の情が滲む時、騙す女はその顔に枕をかぶせ、より激しく腰を振る。

交わる視線は、男と女だけではない。

冒頭から、幾度となく差し挟まれる麻雀シーン。四人の女のせわしなく動く牌と手と口。イーが入室すると空気が止まる。女たちの目が彩られる。イー夫人は見逃さない。知っているのだろう、この中の誰が夫と関係を持っているのか。争いは国と国だけのものではない、こんな身近にも起きている。

女は怖い、そして強い。抗日運動に燃える学生たちは、イーを暗殺するためにチアチーの肉体を利用しようとした。しかし処女である彼女に残酷な命を下すことができず、男たちは外へ逃げる。できるならチアチーに自分から言い出してほしかったのだろう。口火を切ったのは仲間のやはり女だった。チアチーはそこで男の意気地のなさを知る。普通の女でありたいという迷いを捨てた瞬間だった。彼女は身も心もスパイとなった。だからイーのレイプにも耐えることができた。はず、だった。

イーとチアチー。身体だけの関係であったはずのふたりの間に想いが芽生えたのは、どちらの心が先だったのだろう。

スパイ仲間に苦しい胸の内を吐露するチアチー。セックス以外の方法で愛を表現するすべを得たイー。そしてふたりの愛は別々の場所で結末を迎える。寝床でともに死に近い絶頂を迎えながら、イーはなりふり構わぬ生への欲求を見せ、チアチーはみずからではなく男に死を選ばせる。処刑場で仲間からの非難の視線を受けながら、チアチーはまた微笑みを見せる。

愛したい男を愛することができず、愛したくない男に抱かれ、愛してはいけない愛を知る。ただひとことの甘美なささやきも聞けず包み込むようなくちづけさえも受けられず。チアチーの行き場のない想いは今も採石場にさまようのだろうか。

欧米人とアジア人が入り乱れる戦時下の上海の街並み。あどけない女子大生姿からドレスの下の肉体までさらけだしたタン・ウェイと、憂いのある瞳で魅了するトニー・レオンの、両演技のぶつかり合い。考えさせられるというよりは、観終わったあとに激しい虚脱感に襲われた作品でした。ただ五官で感じる生身の生と性。生きていく上で不可欠な色と人間たるゆえに心に命じる戒めと。永遠に交わらないそのどちらをも孕むのが、それこそがひとの愛なのかもしれないと。

評価:★★★★(4.5)

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