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おのづから言はぬを慕ふ人やあるとやすらふほどに年の暮れぬる(西行)
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やっと・・・

やっと始まりました・・・

どれだけこの日を待ったことか・・・

 

なのに、どうしてよりにもよって亀田-内藤戦とカブるのか!

リアルタイムで観られなかったじゃないか! しかも内藤負けるしさ!

ブツブツ言いながら観てしまうところが、すでにテレビ局の術中にハマっているわけですが。

 

仕方ないので、録画してじっくり鑑賞しました。

 

「気合い」を感じる作品というのは、世の中には多く存在します。名作や名画と呼ばれているほとんどがそうでしょう。すでに触れているものは私の心に深く刻まれ人生の指針となり、あるいは血や肉となり息づいています。まだ感じられていないものもこれからの生活に多くの期待を持たせ、道しるべとなります。

司馬作品は十代の私に数多くの衝撃を与えましたが、中でもこの『坂の上の雲』は特別な作品です。

1回目は高校生の時。「卒業までに司馬遼太郎全集を読破する」と決めていたので、ノルマのごとくページをめくって、一応読了しました。

2回目は大学生の時。文庫を買って読み始めたら、何にも話を憶えていないことに気づきました。どうしてこんなすごい作品をきちんと読まなかったのかと反省しました。

3回目はドラマ制作が発表されてから。気合いを入れて臨んだにもかかわらず圧倒されてしばらくは立ち直れませんでした。 

私という人間の奥深くにある核のようなものを刺激されたのです。日本人としてのアイデンティティ、と言ってもいいかもしれません。もっと大きく言えば、それは何千年も続いてきた人間の営みにも近い原始的な部分です。

司馬先生がこの作品でくり返し述べるのは、「日露戦争に勝利したことで、日本は軍事国家となり太平洋戦争への道をひた走ることになった」ということです。現代史のターニングポイントである第二次世界大戦へのきっかけとなったのが、この作品の舞台である日清・日露戦争。その裏にあったのは日本の急激な西洋化。それは開国から始まる明治維新が行われたことによるものであり、長く続いた江戸時代の鎖国と封建社会の反動です。こうして歴史は太古から多くの因果が縒り集まった一本の糸で綴られていくものであり、その結果として今が、私という存在があります。歴史を学ぶ意義を教えてくれたのが、この『坂の上の雲』なのです。

 

世界的にも例をみない無血開城によって日本はその歴史のページを新たにめくることとなりました。話は、世界の中の小さな日本が目を覚ました、国家的昂揚感の熱を帯びる小さな国の小さな町の小さな家族から始まります。

少年たちにも夢を見る自由をはじめて与えられた時代。全速力で駆ける若き英雄たち。その坂の上には一朶の雲。これから起きる歴史の大きなうねりを知るや否や。

 

司馬先生の文章をそのまま読み上げる渡辺謙のナレーションで重厚に幕を開けましたが、セットの小道具や演出、司馬作品らしいユーモアも欠かさない、スタッフの方々の思い入れを感じました。司馬遼太郎の「気合い」が詰まったこの作品に真摯に向き合い、「気合い」を入れて製作に臨んだのがわかります。

第1話のラスト、日本が購入した軍艦を見送る正岡子規の目に涙があふれる場面がありましたが、あれは演出ではないように感じました。つまり、子規演じる香川照之の自然な動作なのではないかと。西洋からサル真似の上手い猿と嘲られる日本が、屈することなく世界に向かって漕ぎだした、歴史の動いた瞬間に居合わせた感動を香川照之という俳優=子規は感じていたのではなかろうかと。キャストにも「気合い」が入っている作品、きっとドラマ史に残る名作になると思います。期待は確信へと変わりました。

もうすでに来年が待ち遠しい。

 

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