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15年。もう、というべきか。たったの、というべきか。
あの日を、忘れたことはない。
関西の人間にとって、1・17の鮮烈な記憶は、消そうにも消すことはできません。
とはいえ、あの日被災地で何が起きていたのか。それを語るのは、今や被害状況の数字だけ。生々しい中継映像や被災者の声は、悲しみを呼び起こすことを避けるためか、放送されなくなりました。
神戸ですら、震災を知らない人口は三分の一に及ぶといいます。
15年という節目に作られたこのドラマは、当時の衝撃を思い返すにふさわしい、気迫のあるものでした。
慣れ親しんだ街の突然の崩壊。情報の混乱、不足。幾つもの死を目のあたりにした恐怖。カメラを向けることへのとまどい。それでも感じた復興への強い生命力。
悲しみから希望へ生まれ変わる被災地の姿が、若いカメラマンを通じて感傷的でなく描かれていました。
関東大震災が、もはや歴史の一事象になってしまったように、阪神・淡路大震災も、いつか教科書で語られるだけの自然災害になってしまうのかもしれません。
しかし忘れてはいけない。6434人の、失った明日。それは今生かされている命ひとつひとつの、明日でもあること。
人の力ではどうしようもないこともあるけれど、どうにかできることもあること。
今日で終わりかもしれない今日を、思い残さず生きること。