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おのづから言はぬを慕ふ人やあるとやすらふほどに年の暮れぬる(西行)
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韓国の鬼才キム・ギドク、『サマリア』に続いて撮った作品です。

『サマリア』は全編香気に包まれた芸術的作品でしたが、

今回は、芸術性というよりは、匂い立つような美しい男女の愛の世界でした。

留守宅へ侵入しては、その家の壊れ物を修理しつつ、

住人が戻るまでの間をそこで暮らすという生活を続けている青年テソク。

いつものように忍びこんだ豪邸で、彼はソナという人妻に出逢います。

彼女は独占欲の強いDV夫に拘束される生活に、心を鎖していました。

孤独な魂は、瞬時にしてふたりを結びつけます。

寄り添い、触れ合い、心と心を通わせる男女の姿は、

静謐な泉のごとき魂の交流です。

ただ、これだけだと純粋なラブストーリーなのですが、

それにとどまらないところがキム・ギドク。

『うつせみ』という邦題は美的感覚に優れたタイトルですが、

英語版は『3-iron』という、無機質で暴力的な匂いも漂わせるものです。

3番アイアンは作品内でも重要な役割を果たすアイテムですが、

こちらのほうがギドクの世界に当てはまっているのかもしれません。

監督の描きたかったのは、単純に美しい愛の世界ではありませんから。

評価:★★★☆(3.8)

 

 

<おまけ:ヤスオーのシネマ坊主>

 

 僕は、観終わった後にイヤな気分になる、救いのない映画が大好きで、そういう映画を好んで見る方だと思うのですが、「後味の悪い映画ランキング」を作ったとしたら、間違いなくベスト5に入ってくるのが「悪い男」という映画です。 この映画のラストのオチは、「参りました」というしかないですね。「男と女の愛情ってのは究極的はこういうことなんだよ!」と信じて疑わない監督のパワーに圧倒されました。その映画の監督が今回見た「うつせみ」の監督です。

 

 しかし、今回の作品は、映画としての出来は全然悪くないし、彼らしく他の監督では考えもつかないような舞台設定とストーリー展開なのですが、「悪い男」と比べるとラストのパンチはかなり弱いですね。普通の人、特に女性にはこっちの方が受けがいいのかもしれませんけど。ちょっと幻想的な感じですし。まあこの人の映画は他のもファンタジー要素はあるにはあるんですが、今回はそれが前面に出すぎていたような気がします。

 

 「家」というものを悪く描いているところは良かったですね。「家」は世間一般のイメージでは人の繋がり、ぬくもりを感じさせるものですが、この映画に出てくる家は夫婦喧嘩、浮気、孤独死とそんなイメージとはほど遠い家ばかりですからね。そういうしょうもない家と、手洗いで洗濯をしたり、壊れた機械を直したり、その家の家族写真と一緒に写真を撮ったりする孤独な主人公テソクの対比は良かったです。心の闇がとてつもなく深くて、幸せとは何なのかと常に自問自答してそうなキム・ギドクならではの表現ですね。彼は、結婚して子どもを産んでモデルファミリーのような家庭を作るのが幸せとはまず思っていないでしょうし。

 

 この映画特有の、相手にゴルフボールをぶつける暴力表現はよくわからなかったですね。ゴルフクラブでボコボコに殴るほうが間違いなく相手に与えるダメージは大きいでしょう。もしかするとテソクはゴルフボールに自分を投影しているのかもしれませんね。空き家を求めてあちこちを転々とする彼は、どこにいくかわからないゴルフボールのようなもんなんでしょう。彼がゴルフボールだとしたら、公園で彼がゴルフボールを打とうとするたびに、ボールの前にヒロインのソナが何回も立ちはだかるシーンの解釈ができます。この映画はテソクがソナを救う話ではなく、お互いがお互いを救おうとする話なんですね。まあ恋愛映画ですから当たり前ですけど。

 

評価:★3/(★5で満点)  

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