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おのづから言はぬを慕ふ人やあるとやすらふほどに年の暮れぬる(西行)

365日ノーマイカーデーなので思い立った時すぐに温泉には行けないけれど、たまには広~いお風呂に入りたくなって、

《ゆららの湯》

に、行ってみました。

 

噂のテーマソングは聴けませんでしたが・・・。

 

日替わりの湯は「備長炭」でした。さらさらして、気持ちいい~。

ジェット風呂や電気風呂、シェイプアップ風呂などというものもあります。もちろん露天風呂も(ちょっとこちらは塩素の臭いが・・・)。

ミストサウナでしっかり新陳代謝。

遷都祭記念で会員回数券が割引になっていて迷ったけれど、手持ちがなかったので見送りました(^^;

岩盤浴と塩サウナは次回ですね。

 

で、お風呂上がりにはやっぱりこれ↓↓

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愛。それを知るには幼すぎた15の夏。

マイケルは女車掌のハンナと運命的に出逢い、情事に溺れる。しかしある日突然、ハンナはマイケルの前から姿を消してしまう。再び、彼女を観たのは8年後。法学生として傍聴していた裁判で、ハンナはナチスとかかわりユダヤ人を見殺しにした被告として裁かれようとしていた。そしてハンナは、無期懲役の刑に処せられる。マイケルも知る、ある秘密を隠したまま。

欲情のために情交を結ぶのは、人間だけかもしれない。

ただそこに愛を求めるのも、人間だけかもしれない。

私は女だから男心はわからない。だが、初めてのひとというのが男女問わず特別なものであったなら、マイケルはもう一生ハンナと再会しないことを前提に、15の夏の鮮烈な経験を心の細工箱に仕舞い込んだことだろう。美しいひと、自分を褒めてくれたひと、自分に自信をつけてくれたひと、自分を変えてくれたひと。アフロディテのようなひととのひと夏の思い出の引き出しを、二度と開けるつもりはなかっただろう。

しかしあえなくも、その鍵は破られる。ハンナそのひとの手で。

法廷、戦犯、被告、実刑。およそあの部屋のあのベッドとはかけ離れた硬質な世界にハンナはいた。

一瞬にして思い出は色あせる。目の前にいるのはアフロディテではなく、罪を問われやつれた中年女。

マイケルは何を思ったか。

彼女を救わず、無期懲役に処せられた彼女に朗読テープを送る。それにより文盲を克服した彼女からの手紙を無視し、出所時に迎えに行く。

矛盾した行動が、孤独なハンナの心をいかに揺り動かしたか。

マイケルの復讐だったのだろうか。

彼はハンナを愛していたのだろう。15の夏は確かに。しかしハンナの心を受け止めるほどに、大人ではなかった。ハンナの思いを知らなかった。愛を語らないハンナに、一方的な愛を語り、気まぐれな若さを押しつけた。その夏のままに、年齢を重ねた彼は、ハンナに相対する。しかし彼は、それによりハンナが傷つくことを解っているだけの人生経験を積んでいる。その罪の意識から逃れる方法も知っている。

ハンナはあの夏のまま、受け流す。彼の愛を読む。彼の復讐を受け止めるために。

マイケルは最後まで愛を語る。しかし彼が愛を読んだことがあっただろうか。

「愛を読むひと」--もしかしたら、それはハンナだったのではないだろうか。

評価:★★★★(4.6)

 

 

~ヤスオーのシネマ坊主<第2部>~

 やっと新しい職場にも少しは慣れてきて、ほぼ1か月ぶりに映画を観たのですが、けっこうな名作だったので良かったです。原作モノの映画なのでもちろん原作の力もあるでしょうし、僕は原作を読んでないので映画と原作の違うところもよくわかりませんが、異性への恋心やホロコーストに関しての道徳意識だけでなく、苦しみや悲しみや葛藤やプライドや屈辱感や迷いやためらいや混乱などとにかく人間の色々な感情が上手に描かれています。登場人物、と言ってもマイケルとハンナの二人だけですが、この二人の善悪がかなり判別しづらい。登場人物二人とも、同情する部分もあるし、これはいかんなあと思う部分もある。好きな部分もあれば、嫌いな部分もある。キャラクター描写も非常に深いですね。ホロコーストを扱っているので社会派なところもあるにはあるんですが、それはあくまで味付けでしょう。かなり奥が深く出来の良いラブストーリーです。

 最初は完全にAVですしね。どうしてハンナはマイケルが部屋を出て行ったかどうかを確認せずにパンストを履くんでしょう。こういう女の方のわざとらしいエロアピールは義母と息子モノのAVでよくある展開です。おそらくマイケル15歳の時はハンナはマイケルのことを好きじゃなくて、AV言葉で言うと彼女の痴女の側面だったのかもしれませんね。失踪は彼女の人間性の中でかなり大きなウエイトを占める理由があるから許すとしても、裁判のシーンからみるに小説を朗読してくれるのは別に好きな男性でなくてもいいようですし、ハンナがマイケルを心から愛してるような描写がこの時代はないと言ってもいいです。この時のマイケルはハンナにとって自分が女性であることを意識したいがためのバター犬のような扱いだったのかも知れませんね。

 ちなみに僕は自分より年上の女性の裸には基本興味がありませんが、ケイト・ウィンスレットは数少ない例外です。この役を他の女優がやったらキツかったですね。途中でイヤになって観るのを止めたかもしれません。しかし僕の好みを抜きにしても、この役は彼女以外に考えられませんね。アカデミー主演女優賞を獲ったようですが、そりゃそうでしょう。

 逆にマイケルとハンナが再会した時は、マイケルの態度がちょっと冷たすぎると感じました。もちろん戦争犯罪の加害者側だったハンナに対しての理解が不十分だったというのもあるんでしょうが、僕にはハンナが普通のババアになってしまっていて昔自分が夢中になっていたハンナとのあまりの違いにショックで引いてしまったようにも思えました。男の方はまだまだモテているような描写がオープニングでありましたし、十分現役ですしね。ハンナのその後の行動の原因も、おそらくそれだと思います。「坊や」とか言って昔のノリでいってしまったけど、相手はもう自分を女性とは見ていないということに絶望したんでしょう。その後のマイケルがユダヤ人のとこに行ったり娘にハンナの話をしたりするのも、愛するハンナのためというよりもハンナによって色々心かき乱された自分の人生にケリをつけて新しい人生を歩みだそうとしているように見えました。 

評価(★×10で満点):★★★★★★★★★

監督賞候補…スティーヴン・ダルドリー

『DEATH NOTE』で一躍人気の出た松山ケンイチ=Lのスピンオフ作品。原作とは違ったラスト以降の、Lの最後の23日間を描いています。

本篇ではキラとの頭脳戦を繰り広げていた、どちらかといえばインドア派のLが、今回は守るべきもののために街中を駆け回ります。この時点で世界観が若干失われているような。登場人物や設定は同じですが、中身はもはや別物、と考えたほうが良いでしょう。

相手は細菌兵器を用いてテロを企てる集団。抗ウィルス薬の秘密を握る少女と、ウィルスで死滅した村の唯一の生き残りの少年とともに、デスノートにみずからの名前を記したLの最後の戦いが幕を開けます。

監督は、『リング』などを手がけたホラー映画の第一人者。なぜその人物にこの作品のメガホンを託したのかはわかりませんが、オープニングでいきなりその手腕を発揮してしまうので、観ている側としては面喰ってしまいます。あそこまで引っ張る必要があったのかどうか・・・しかも娘の前であの状況は・・・悪趣味。

ウィルスとその血清と事件解決に関しては、かーなーりご都合主義的な展開ですが、刮目に値すべきは、真希役の福田麻由子。

一瞬だけチャンネルを合わせた『女王の教室』で、んん? とひっかかり、『白夜行』でナルホドと唸り、そしてこの映画でもさすがの演技力を見せてくれました。『女王の教室』は彼女と志田未来の共演だったことを思えば、贅沢なドラマでしたね。朗らかな笑顔とその裏にある心の傷、強い感情に揺さぶられる目の演技、Lとの兄妹のような憧れまで発展しない絶妙な距離感が良かったです。

Lは言わずもがな。ほとんどL=松ケンのPVと化しています。本当に、Lを演じられるのは彼しかいない。というよりも、もはや完全にLを自分のものにしています。原作を知らずとも、Lの魅力に虜にされてしまうのは間違いありません。

ナンチャンは絶対にFBIに見えないとか、悪役の高嶋政信と工藤夕貴がウスイとか、作品そのものに関してはけちょんけちょんですが、ラストの「ニア」と名付けるオリジナルのくだりは良かったです。ま、人種が原作と違うのは、タイ人なら日本人子役を使えるという理由があるのかないのか知りませんが、本篇が原作と別物になっている以上こだわる必要もないでしょう。

これでラストなのが惜しまれます。どうせなら、デスノートにかかわる前のLの活躍を描けば、続篇がどんどん作れたような気がするのですが。ま、お腹いっぱいか。

評価:★★★☆☆

チーさま、すてきぃーーー!!!

 

と、京セラドームにいたら叫んでしまいそうな。

 

いやー、やっとネコさん(金子投手)が登板当日にブログを更新してくれそうな試合を見られました。

vsおかわり君のストレート勝負にはしびれましたね。これぞエース。

北川選手の最低限の仕事(犠牲フライ)と前田捕手のまさかのグランドスラムが効いたとはいえ、

西武打線を完封したネコさんの力投に尽きます!(いや、確かにあぶなっかしいところはあったけど)

めざせ沢村賞!

 

この勢いで連勝、お願いします!

手塚治虫の漫画はほとんど読んだことがありません。『ブラック・ジャック』もよく知らないし、『火の鳥』や『三つ目が通る』もアニメでかじっただけ。『アドルフに告ぐ』は、幼少期通っていた病院の待合室に置いてありましたが、暗そうなので手に取りませんでした。

唯一家にあった手塚作品が、『アポロの歌』でした。小学校に入学したばかりの私にとっては、ストーリーはわけわからないしやたら裸が出てくるし、到底おもしろいと思えるシロモノではありませんでした。というか、なんでこんなマイナーな漫画「だけ」が家にあったのか、今考えてもわかりません。メジャーで子ども向けの作品なんて、あり余るほどあるはずなのに・・・。実はタイトルを思い出せず、記憶にあるキーワードで検索して、ようやくその物語の全貌をつい今しがた知ったのですが・・・これを理解できる7歳がいたら教えてほしいもんだ・・・。

大人になって、『陽だまりの樹』をはじめて読みました。幕末の動乱期というテーマの中に、確かな人間の生きざまというものが明確に描かれていたことに、打ち震えました。漫画とは思えない深淵な世界を描くことのできる手塚治虫という人は、すべてのジャンルを超越した不世出の天才なのだ、と。

今なら『アポロの歌』も『火の鳥』も『アドルフに告ぐ』もきちんと読めると思うのですが、漫画喫茶には置いてないんですよね。

そしてもちろんこの『どろろ』も、未読です。

時は戦乱の世、身体の48箇所を魔物に奪われた百鬼丸と、盗人小僧どろろの旅の物語。ただの冒険記ではなく、「異形」である百鬼丸の苦悩と、庶民たちの戦への怒りを描いているところが、手塚作品ならではのアプローチです。

『古事記』において、イザナギとイザナミが結ばれてはじめて産まれたのは「水蛭子」でした。ふたりはその「未完成品」を川に流し、新たなクニ=命作りにかかります。百鬼丸はまさにその水蛭子と同じ運命。なんとも凄惨な物語の幕開けです。産まれいでたにもかかわらず水に流された水蛭子のその後の道を、作者は描きたかったのでしょうか。

幸いにも医師に拾われ、身体の不足部分を補うことができた百鬼丸は、魔物退治の旅へと出ます。そこで出会ったのがどろろという少女。柴咲コウが演じるための設定かと思いきや、原作でもどうやら少年とは断定されていないようですね。どういう結末が用意されていたのか、なかなか興味深いです。

クールな顔立ちを活かした役が多い柴咲コウですが、小僧らしいはっちゃけぶりがなかなか似合っていました。これまた顔立ちとは真逆のクールな妻夫木も意外にかっこよかったです。中盤から登場する瑛太と中井貴一の存在感はイマイチでしたね。とくに父と子の葛藤の描かれなさ、想定内にしてもあっけない結末にはウームという感じでした。

ちょいとCGが安っちかったのが残念ですね。せっかくのアクションも台なしです。それと、あえて日本の戦国時代という設定を外したのはなぜでしょうか。外国とまるわかりの背景と和洋折衷の風俗描写がどうも中途半端で、世界観にイマイチ入りこめませんでした。

続編を示唆する終わりかたでしたが、製作されるのでしょうか。

原作を読んでみたい! と思わせるにはいい導入の映画でした。

評価:★★★☆☆

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ヤスオーと古都の片隅で暮らしています。プロ野球と連ドラ視聴の日々さまざま。
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