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さて、秋晴れの今日は京都へGO!
京都市美術館で開かれているルーヴル美術館展、こちらのテーマは《17世紀ヨーロッパ絵画》。
いわば「正統派」作品ばかりが展示されているとあって、中之島とは較べものにならないほどの人出です。
シルバーウィークはまだ前日。なのに25分待ち! 館内も人いきれムンムン。
正倉院展で慣れているとはいえ、これはキツイですね。
しかし、夏休みには2時間待ちもザラだったらしいので、まあよしとするか・・・。
レンブラント、ベラスケス、フェルメール。美術の授業でもおなじみの画家の名前がズラリと並びます。
今回の目玉のひとつが、初来日、フェルメールの『レースを編む女』。
どんな作品なのかと楽しみにしていたのですが・・・。
ち、小さい!
じっと観察しようにも、人の頭で見えやしません。止まっていたら係員にせかされるし・・・。
ううーむ、やはりもっと早くに来るべきでしたかね・・・。
絵画に造詣がとことん深くない私ですが、
絵というものは、その時の気分によって見方が変わるものだとつくづく思います。
ルーベンスの『ユノに欺かれるイクシオン』。
偽物のユノを抱くイクシオン。本物のユノは背を向けて逃げようとしています。
左は暗く、右は明るい。
どうしても光に目がいきがちですが、気分でしょうか、ユノの背景に広がる黒い闇に惹かれてしまいます。
神話の絵画は細部まで小道具が仕掛けられていて、じっくり観察するとおもしろいのですが、もちろんそんな余裕はないわけで;;
出口のショップまで大混雑。何か買っていこうかとおもいましたが、あきらめました。
それにしても・・・やっぱり本場で見たいのだ。
突然、外から叫び声が聞こえたのであわてて窓からのぞいてみると・・・。
猫でした。
ずいぶんひさしぶりに、猫のケンカ声を聞きました。
「ウーウーウー、(間)ギャー!」というやつ。
実家周辺が猫屋敷だった頃は、それこそ毎晩だったのですが。
最初の「ウーウー」の時点で、ミーコとマイがハッと反応し、
「ギャー!」の頃には我先にと争って窓にはりつき、
結局図体のでかいミーコがマイに押しのけられてすごすご退散するというのが、日課でした。
今は実家は、静かです。
いや~、伝統の一戦にふさわしい白熱した延長戦でした!
マジックを着実に減らしている巨人ですが、ひとり勝ち状態の中で唯一対戦成績がほぼ拮抗しているのがなぜか阪神。
先発が安藤vsゴンザレスと聞いて、「どう考えても巨人の勝ちやんけ」と試合速報を見ていなかった私。
いやはや、安藤があんなに持つとは思いませんでしたね。
まあ、1点勝ち越したその裏にいきなりホームランを打たれて同点という場面は、さすがに安藤ですが。
最後は元祖「必死のパッチ」矢野の2ランで阪神が星を拾いましたが、どう転んでもおかしくない試合。
どちらにも「負けられない」意地を感じました。
なぜか今日のセリーグは終盤までもつれた試合ばかりでしたね。
最後に笑うのは誰なのか、激しい3位争いはゴールまでわかりません。
セリーグは、3位以下のチームの勝率が5割を切っているとあって、CSを問題視している向きもあるようですが、
もしCSがなかったら、こんなにおもしろくないシーズンもなかなかないでしょうね。
7ゲーム差開いている2位の中日ですら、モチベーションを欠いたかもしれませんよ。
選手やチームにとっては優勝がもっとも価値のある結末だとしても、プロ野球はファンを楽しませるのがまずありきではないでしょうか。
CS出場はファンにとっても応援のモチベーションですから、あんまり盛り下げることを言うのもどうかなあ、と見識者に対しては、思うわけです。

また公開初日に、松本信者のヤスオーに連れていかれてしまいましたがな。
前回は素人演技を逆手に取ったドキュメンタリー形式の作品でしたが、今回は主に密室空間のひとり芝居。松ちゃんの手腕が試されようというものです。もちろん、観る前から結果はわかってはいますけど。
さて、シンプルなタイトル「しんぼる」。かな表記にしたのは、生々しさを薄めるためなのでしょうか。でもそんなもん何の救いにもなっとらんわと言いたい。
今回はカンヌには持っていかないようですが、そりゃあね、仕方ありませんね。
ルーヴル展で神々しいプットーを目の当たりにした身には、あの演出はいただけません。はっきり言って、不愉快です。
「しんぼる」が、笑いのタネになるのはせいぜい小学生まででしょう。パンフレットで監督は小学生が口にする隠語を連呼していますが、そんなレベルでいい大人が笑えますか。
まあ、本当に笑いにしたかったのは密室内でのひとりドタバタなのでしょうが、小道具には監督独自のセンスを感じます。タイミングや配置などは、こだわったのだろうと思います。しかし、長い。90分のほとんどがこのひとりコントなのですが、いかんせん長い。映画作品として尺を保つためでしょうか。別に70分くらいでもよかったような気がしますが。
この映画にはもうひとつ世界があって、それは『バベル』のように一見密室とはなんのかかわりもなさそうでいて『バベル』とは大違いのかかわりがあることは観る前からわかりきっているスペインのプロレス会場。なぜプロレスなのか、いまいちよくわかりませんが、映画っぽくハンディカメラを使ってまったく違う世界観を作り上げています。私はプロレスにはなんの興味もなくて、試合を観たことも勿論ないわけですが、本物のプロレスっぽかったです、ハイ。この映画でいちばん盛り上がる場面なのではないでしょうか。ある効果が起きる前まではね。
そしてクライマックス。素晴らしいです。何がって、CGが。この技術は絶賛に値します。
――「彼」は「しんぼる」を足がかりにして世界を変える――
彼の変化した姿がある宗教の教祖を思い起こさせたのも癇に障りますが、なにより私がいちばん不愉快だったのは、上記の結論です。
世界を担い未来を作り上げていくのは命であり、命を生み出すのは「しんぼる」である。確かにそれは事実です。
しかしそこに、私は監督の傲慢を感じます。
「しんぼる」だけで命は生み出せず、世界を変えることはできません。イザナギとイザナミ、アダムとイヴ。世界が両性によって創造されてきたのは神話の時代から揺るがない大前提です。
受胎する側の優性を主張する気はありませんが、この結論において彼はその存在をまったく無視しています。結局、そういう思想なのではないですか。もうすぐ子どもが生まれるというのに、こんな作品を観て奥さんはどう思うのでしょうね。よけいなお世話ですけども。
評価:★★☆☆☆(1.5・・・内訳:CG1/プロレス0.5)