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最近駅前が静かだわ・・・と思ったら、選挙が終わったのでした。
ちょっとしたお祭りですね。
中学校の社会では、1年で地理、2年で歴史、3年で公民を習いましたが、
そのまさに中学3年のタイミングで行われた総選挙で、自民党が大敗しはじめて野党に転ずるという事態が起きました。教科書と書いていることがちがーう!
オマケに、「内閣総理大臣の名前はテストに出すぞ」と予告されたにも関わらず、誤答続出。それもそのはず、当時の総理大臣の名前は「細川護熙」。新聞とにらめっこしてもよくわかりませんでした。
「麻生太郎」が首相になった時は「今の中学生はラクだな・・・」と、思わず舌打ちしてしまいました。
地理を習った時もソ連崩壊やらなんやらで地図帳がまったく役に立たないシロモノになってしまい、本当に大変な中学時代でした。
でも、発掘捏造よりはマシかな・・・。
この時期になると、いつも自然に耳もとをよぎるスピッツの歌。
ちなみに学生時代の私のポリシーは、「宿題は8月30日に終わらせる!」でした。そして31日は夏休み最後の1日をのんびり満喫するのでした。といっても2学期がユウウツで、一度ものんびりできたことはなかったのですが。もっと早く、せめて20日くらいに終わらせればいいんですよね。
夏の終わりって、どうしてこんなにものがなしいのでしょうね。
秋の香りはまだまだ遠いとはいえ、
気がついたら8月で、さらに気づいたら31日でした。
なので、あわてて思い出作りに走る私。
友達とランチの約束をしました! 温泉宿を予約しました! ライブのチケットも取りました!
9月は忙しいぜ!

走る、という行為はとても単純で動物的で、
ゆえに、あまりにも簡単に生来の能力によって分類されてしまいます。
つまり、速い者と遅い者。
圧倒的後者だった私は、マラソンの前日には毎晩ひとりで雨乞いの儀式を行っていましたし、
唯一運動の中で得意だった水泳を中学でやめたのも、「水泳部は冬場に走らされる」という理由でした。
走る、という行為ほど、才能がモノを言う競技はないと思っています。
とことん運動オンチの私でも、練習すれば個人メドレーを泳げるようになりましたし、
バレーのサーブも何十本も打っていれば、相手コートに入るようになります。
でも、毎日グラウンドを回っていたって速く走れるようには、なりません。
バテずに走りきれる体力はついたかもしれません。でもタイムは、どうやったって、クラスの俊足軍団には追いつけないのです。
竹青荘の住人、そのほとんどが長距離素人である十人が、箱根駅伝を目指す----。
野球素人が甲子園をめざす、バスケ素人がインターハイに出場する、漫画にはよく使われる手法ですが、「またかよ」と思いつつ、最後にはやっぱり泣かされてしまいます。
で、この本にも、「やっぱりな」と思いつつ、泣かされました。
春と夏は甲子園、秋は日本シリーズで冬は箱根。
お正月には欠かせない初感動です。
しかし私は1区から10区まで、通して観たことがありません。
お正月とはいえ、やはり何時間もテレビに張りつくわけにはいかないんですよね・・・。
で、観戦のほとんどが山登りと9区・10区なわけですが。
この物語によって初めて、私は箱根のスタートからゴールまでランナーと並走することができました。
10人いれば10人の、さまざまな走りがあります。
その姿に心を揺さぶられてしまうのは、その走る、という単純な行為はランナーのそのものの生きざまだからです。
筋肉を躍動させて力強く繰り出すストライド、一歩進むごとに彼の人生はその道を拓き、確かな足あとを刻んでいきます。
ハイジに誘われて、というかだまされて箱根を走ることになってしまった竹青荘の住人たちも、その人生を「走る」ことによってみずからの足で作り上げていきます。
悩み、想い、後悔、喜び、
彼らの走った11時間17分31秒は、尊い青春の美しさとして箱根路に刻まれました。
①朝バナナ。
どうも最近夏バテなのか、朝に食欲がわかなくて、ご飯が食べられなくなりました。
で、プレーンヨーグルトにバナナを切って混ぜて食べています。
そしたら! 体重が元に戻りました!
そ、そうか、これが朝バナナダイエット・・・。
②もずく納豆。
朝に納豆が食べられなくなったので、夜に食べています。
さらさらーと食べられて、おいしい。お気に入りは黒酢です。
で、これをおかずに一品加える、と。
そしたら、食卓にお皿が増える、と。
おかずを作らなくても良くなる、と!
9回2死走者なし。差は6点。
誰しもが、負けを覚悟する場面。
でもあきらめなかった。
つないだ。
終わらない。
これからが、始まりだった。
前評判どおりの豪打を誇る中京大中京が破壊力を見せつけ、
雪国から来た日本文理の躍進もああここまでか、と嘆息したのも束の間、
思いがけない展開が目の前にくり広げられた時、
どちらを応援するでもない観客が一体となってマウンドに襲いかかり、
大声援にあと押しされた打球は内野の間を駈けていく。
野球はツーアウトから。
言い古されたその言葉が当てはまらない試合だったなら、
首筋をなでる夜風に秋を感じつつ、いつものようにたらたらと帰路を歩んだことでしょう。
あきらめない姿が、今年も終わっていく夏によりいっそう濃い思い出を刻んでくれました。
連打、連打。
迷いなく振り抜かれた快音よりも、止めたバットに彼らの技術を感じました。
フルカウント。あの状況で冷静にボール球を見極められる落ち着き。最初の四球がなければ、あのつながりもなかったでしょう。
いつでも、どんな時でも、うしろにつないでいく意識。
決してぶれることなく頂点をめざした彼らの練習量を垣間見た気がします。
あの打球さえ抜けていれば。
そのやるせない思いは、
あの平凡なフライさえ捕れていれば。
その痛切な思いに、ほんのわずか、及ばなかったのかもしれません。
勝って涙。負けて笑顔。
その両方を包みこむ万雷の拍手。
ああまだこんなに心動かされる瞬間は、この単調な人生の中に残っていたのだ。
8月24日。
ずっと忘れていた大切ななにかが、ぽとりと雫を落としていきました。