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気がつけばもう8月だった。
いや、今週は働きづくしで、残業時間最多更新してしまいました。
ま、普段いかに働いていないかってことですが。
体重が2キロも落ちたぜ! イェイ! きっとすぐ戻るけど!
なんだかその間にもいろんなことが起きていて、
衆議院は解散しているし姉親子は帰省しているし洗濯物は山積みだし。
今日も窓の外は雷がわんわん響いて誰もいないのにチャイムが鳴りしまいには停電、
このPCもいつシャットダウンするのかひやひやですが。
早く夏らしい陽気になってほしいですねえ。
暑いのは、嫌いだけど。
私学の雄と公立の雄の対決となった奈良の決勝戦ですが。
いやー、天理は強い!
1回裏早々に雨で中断になった時はどうなることかと思いましたが、再開されても天理パワーは衰えませんでした。それどころか、ピッチャーの中山くんは明らかに調子を取り戻していましたね。
ビックリしたのが、その守備のレベルの高さです。もはやプロ級。
とくにセカンドは、名手荒木も顔負けの好プレー。外野陣も、何度も長打を防ぎました。さすが強豪校、鍛えられてますねー。
郡山も天理と同じくらいヒットを放ちながら、そういった天理の鉄壁の守りの前に、ランナーを返すことができませんでした。
今年で勇退の森本監督、最後にもう一度甲子園の夢はかないませんでしたが、試合終了時は満足そうな顔でいらしたのが印象的でした。
天理の森川監督は高校時代、その森本監督率いる郡山に甲子園への道を阻まれたのだとか。準決勝で郡山に敗れた畝傍の監督は森本監督の教え子。奈良の高校野球界は森本監督によってレベルが高まっていったのかもしれませんね。本当におつかれさまでした。
なにはともあれ、甲子園での天理の活躍に期待! です。
ベスト8くらいは行けると思いますよ、春のようにクジ運さえ悪くなければ・・・。
皆既日蝕・・・。
いつも時代に若干乗り遅れぎみの私ですが、今回も当日になって「ええっ! 観られるの南の島だけじゃないの? あ、部分日蝕は大阪でも見えるの? すごー!」と感動しておりました。
しかし仕事中。
気づけばもうお昼・・・。
そういえば、少し薄暗くなった時間があったような気がします。
雨が降るのかなとちらり考えていたのですが、いま思えばあれが日蝕だったのかも。
ことごとくタイミングを逸する我が人生・・・。
まあ、どのみち職場の窓からは空はほとんど見えないのですが。
夏休みが始まって早々の天体ショー、小学生の自由研究にはこと欠かない話題でしたね。
根っからの文系人間ですから科学は苦手だったのですが、中でも天体の分野は本当にダメでした。
宇宙の本とか、星の神話は好きだったのですが、そこからロマンを取り去った自転やら公転やらの原理になると、もうパープリン。
だからこういう話題でも、なぜ日蝕が起きるのかとかそういうことは置いておいて、純粋にダイヤモンドリングの美しさだけ、ニュースで楽しみました。
実際に欠けた太陽、観てみたかったですけどね。

『パンズ・ラビリンス』のギレルモ・デル・トロが製作に携わったダークファンタジーです。
孤児院で育ったラウラは、長じてから夫とともにその屋敷に再び孤児院を作ります。
彼女にはシモンという息子がいます。ただし、実子ではありません。しかしシモンはその事実を知らず、HIV陽性のために薬を飲んでいます。
病気のため友達がおらず「想像遊び」が大好きな息子のことを夫婦は深く愛していましたが、孤児院の披露パーティーのさなか、彼は屋敷の中から姿をくらましてしまいます。
行方不明となったシモンの生存は、持病のこともあり絶望的と見られていました。しかし諦めきれずに彼の姿を追い求め続けるラウラ・・・。
冒頭から提示されるたくさんのファクター。そのひとつひとつが作品後半の重要な鍵となります。伏線の張りめぐらしかたは見事でした。
子どもの想像力は無限。
私も空想ごっこが好きな子どもでした。そしてやはり、空想の中に存在する友達の話を家族に話していたそうです(まったく憶えていないが・・・)。
しかし今の私はシモンではなく、むしろラウラに同調してしまいます。
海よりも深い愛情を子どもに注ぐのは母と名乗る女であれば誰しもが同じこと。血の繋がりがあろうとなかろうと、シモンを想うラウラの気持ちは、痛いほど伝わります。父もまた子を愛していたでしょう。ですが孤児であり親の愛を受け継いでいないラウラが自己犠牲的なまでの愛をシモンに注げるのは、やはりそれが男よりも女の心に生まれつき深く根ざしているからなのだと思います。
霊視に頼る場面は、そこだけファンタジーの要素を欠いてしまうので少し興ざめしましたが、観方によってはそれもまた真実を突いている箇所であり、非常に緻密でかつ心情に訴える展開が多く、最後の真実が明らかになるくだりでは清冽な感動を憶えました。
賛否両論のラストは『パンズ・ラビリンス』でも使われた手法ですが、やはり、ハッピーエンドなのだと思いたい。
邦題どおり、母の愛は「永遠」に昇華したのです。
評価:★★★★☆

アカデミー外国語映画賞を受賞した作品ということで、期待して観ました。
で、結論から言うと、その期待を裏切るものでは全然ありませんでした。
「納棺師」----馴染みのない職業です。
私はまだそこまで身近な人の死を体験していないため、遺体はすべて棺に納められてからの対面でした。
だから誰がどのようにして綺麗なかたちにしてくれたのか、考えたこともありませんでした。
オープニングから納棺の場面です。静かで正確な所作に圧倒されます。
が、女性と思っていたその遺体が実は男性だった・・・というエピソードに緊張感はあっさりほぐされ。どこかトボけた社長役の山崎努とモックンの演技に、期待感がふくらみます。
所属していたオーケストラ楽団が解散し故郷である山形へ帰った小林の新しい職場は、「NKエージェント」。
NK・・・それはNOUKAN。
はじめての仕事がいきなり腐乱死体だったり、化粧後の顔にケチをつけられたり、死を目の当たりにして妻のぬくもりがいとおしくなったり、いろいろなハプニングはありつつも、一級品の技術を持つ社長のそばについてその所作を学びながら、小林は納棺師という仕事に魅力を見出し、誇りを持っていきます。
でも世間は、そうは思わない。
夫の仕事が何であるかを知った妻は家を出て行ってしまいます。
ここで、「なんで? 理解してあげなよ! 納棺師は立派な職人なんだよ、すごいんだよ!」と思うのは、小林とともに納棺の奥深さにはじめて触れて感動しているからであって、もし、自分の夫がいきなり「毎日死体を扱う仕事をしています」ということを知ってしまったら、「やめて!」と言うに違いない。旧い友達ならば、距離を置いてしまうに違いない。
悲しいかな、偏見はこの世に満ちている。
死は毎日あたりまえに誰かを訪れていて、
愛する人に最期を美しく見送ってほしいという思いはあたりまえに誰にでもあって、
愛する人を最期は美しく見送りたいという思いもあたりまえに誰にでもあって。
そんなあたりまえの願いを叶えてくれるのが納棺師。
小林は誇りを捨てない。それは揺るぎなく彼の心に植えつけられてしまった。顔も憶えていない父親にもらった石文を捨てられないように。小さな子ども用のチェロで弾く母親の好きだった曲を指が憶えているように。
そして訪れた身近な人の死。それは永遠の別れではなく、旅立ちを見送る瞬間。哀しみも後悔も浄化する「おくりびと」の厳かな儀式の世界。友も妻も、そして観ている我々も惹きこまれていくのです。
死に対する認識は、世界に多くの宗教がある以上、さまざまです。しかしそれが人間にとって畏怖の対象であることには変わりません。
日本の死に対する観念を、宗教色を抑えて高潔に表現したこの映画が世界で高い評価を受けたのもうなずけます。
山形の美しい四季と心にしみる久石譲のメロディーが素敵でした。田舎の川原でチェロを弾く姿は一見アンバランスながら、なぜか高尚な美しさでした。
演技者も見事でしたね。脇にいたるまで隙がありませんでした。とくにモックンはこの難しいテーマへの強い意欲が感じられました。
ただ、個人的には妻役には石田ゆり子か木村多江あたりを起用してほしかったですね・・・どうしても若手にこだわるなら宮崎あおいとか貫地谷しほりとか・・・他にもたくさんいたと思うんですがね。
評価:★★★★☆