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おのづから言はぬを慕ふ人やあるとやすらふほどに年の暮れぬる(西行)
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『三丁目の夕日』の作者、西岸良平の作品。

売れないイラストレーターのたんぽぽさんと、

かけだしカメラマンの慎平さん夫婦が、

貧乏な暮らしにもめげず、あかるく日々の幸せを感じながら生きていくお話です。

 

たんぽぽさんと慎平さんは仲良し夫婦。

時にはケンカもしますが、いつまでも恋人同士のような若々しい雰囲気で、

「だらしない親を持つと大変だわ」と娘のスミレちゃん(幼稚園児)に呆れられるほど。

この一家にはトラという猫もいます。

猫なのに、株式市況を聞いたり、おつかいをしたり(最終的に失敗)、

変装をして小学校にもぐりこんだり、いろいろやらかしてくれます。

西岸風に描かれると、奇妙な猫も自然と日常に溶け込んでいて、

昭和の街にはこんな猫もいたのかもと錯覚してしまいます。

 

たとえ同窓会で、友人の自慢話に引け目を感じても、

幸せは人それぞれなのだと信じるたんぽぽさん。

その日の暮らしに困っても、好きな仕事をして、愛すべき家族がいて、

あちこちに存在する小さな喜びを見つけて生きていくたんぽぽさん。

 

そんな生き方はとても素敵です。

ついつい目先の出来事にとらわれて、見落としがちな大切なものが、

ページの中にたくさん詰まっています。

 

この本はすでに絶版になっているのか、

『三丁目』ブームにもかかわらず、どの本屋にも置いていません。

ようやくブックオフで2冊見つけたものの、集めていくのは大変そうです。

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周囲の同級生よりは活字に慣れ親しんでいた私でしたが、

いわゆるブンガク作品からは目を背けていました。

おもしろさをまったく感じなかったからです。

中学時の夏休みの宿題の読書感想文は、近代文学からと決められていて、苦痛でたまりませんでした。

読んで感動した本はたくさんあるのに、どうしておもしろくない本をむりやり読まなければいけないのか、

理解できませんでした。

なにを読んだかも覚えていません。

中1の時は、家にあった『二十四の瞳』を使ったような気がしますが、

たぶん読了せずに書いたと思います・・・。

 

教科書で読まされると、どれもこれも、本当につまらなくなります。

好きだったはずの『源氏物語』も、どうしてこんなにつまらなくなるんだろうと不思議にさえなりました。

やはり「やらされてる」感と、

感覚的な部分をこちらが受け取る前に答えを呈示される、あるいは○×をつけられる点が、

マイナスなのだと思います。

 

本でも、音楽でも、人間でも、出会いはほんのささいなきっかけです。

そこには見えない導き、惹かれ合う縁があるのだと思います。

 

ブンガク嫌いの私が、なぜ夏目漱石だけは読むようになったのか、その起点は覚えていません。

授業でやった『こころ』は、やはりつまらなかったし、

松田優作主演の映画『それから』も、藤谷美和子が鉢の水を飲むシーンが印象的なくらいで、

とくに気に入ったわけではありませんでした。

それでも今は、ふと気分が滅入った時に、

あのカクカクした字面、歯切れ良い文章が恋しくなり、

新潮文庫の茶色い背表紙が本棚に増えつつあります。

 

漱石に惹かれる理由は、もうひとつ。自由と背中合わせの虚無。

蛇の頭がついた洋杖と、強烈な印象を残して旅立った森本、

自ら望むように深い葛藤にがんじがらめにされていく須永。

対称的なふたりは、物語に陰陽を投げかけます。

愛を得ることなく暗い闇を彷徨い続ける須永が、最後にたどりつく場所は、どこなのでしょうか。

光はそこにあるのでしょうか。

答えなら、きっと手の届く場所にいくつでも転がっています。

闇の先を見る目を持たないならば。踏み出す足を持たないならば。あるいはそこで立ち止まるならば。

とどまらず転がり続ける須永は不幸なのでしょうか、

それとも、葛藤自体が知識人たる彼の矜持なのでしょうか。

手に取ったきっかけは、野球少年が主人公だから、だったんですけども。

野球小説ではないですね。

青春小説でもない。

主要人物は、スポーツをしている少年たちなのに、

読後の爽やかさはまったくありません。

それどころか、なんだかやるせないです。

 

彼らの思い、それぞれに抱えるもどかしさは、ヒリヒリ痛い。

 

中学生の頃、とは、

子どもではなく、かといって大人でもない。

不器用にまっすぐでいられた時間はすでに失い、

といって他人とうまく合わせてやりすごしていけるほどの処世術はなく、

誰かに受け止めてほしいと願いながら、

それを伝えるすべを持たず、

相手を理解したいと思いながら、

距離を縮める言葉を持てず。

 

過去は記憶でゆがめられます。

その瞬間、瞬間は、容易く手もとをすり抜けて、

絶対だったはずのひとつひとつの思いも、

路傍の小石のように自分自身で蹴りつけてしまうのです。

 

部屋の掃除をしていて、

自分でもすっかり忘れ去っていた、

14歳の時書き散らしたノートを目にし、

我ながらハッとさせられたことがありました。

 

とるにたらないことばかり考えていた子どもだと思っていた。

でも、私は生きていた。

夢も熱意も幸せも絶望も怒りも憎しみも、

今と変わらないくらいの強さで、存在していた。

 

早く大人になりたいと思っていた。

自分の言葉を語っても、聞き棄てられずにすむから。

 

成長? 私は最初からここにいる。

ここにいて、ずっと叫び続けている。

私は私。誰にも変えることはできない。

 

かつて存在していた瞬間を切り取った、心に痛い物語です。

桜の枝も、プチプチしてきました。

そろそろ開花の季節です。

 

春が似合う人といえば、紫の上です。

源氏の君がいちばん愛した女性といわれています。

美人で、賢くて、才にも恵まれて、女房たちにも慕われて、

女性から見ても女性の理想像そのものな女人なわけですが、

「そんなヤツおらんやろ~」なので、感情移入はできかねます。

でも、いちばん不幸だったのはこの人だろうなと思います。

そもそもは、初恋の人である藤壺の宮に似ていたから源氏に引き取られたわけだし、

結婚だって正妻が死んだからってなんの準備もなしだし、

夫は舅に冷たいし、おかげで父親には嫌われっぱなしだし、

やっと落ち着いたかと思えば、いきなり若い正妻がやってくるし、

娶るだけ娶っといて正妻に冷たい源氏への非難は全部自分にやってくるし、

結局子どもには恵まれなかったし、

死ぬまで心落ち着く時はなかったような気がします。

いくら紫の上がすばらしい人間であったとしても、

花散里あたりの立ち位置が気楽よね~と、友達と話し合っていました。

 

『源氏物語』が日本文学史に残る名作とは、完読するまで実感できませんでした。

中学・高校で、教師たちが『源氏』をどんなにスバラシイスバラシイと誉めそやしても、

あらすじだけをかいつまむ女学生にとっちゃ、

「ケッ、しょせんは男の性欲記録だろーが」で終わるわけです。

 

歳を重ねて、恋愛だけでなく、いろいろな社会を見てきてようやく、

『源氏』の孕むさまざまな要素が理解できるよう(な気)になりました。

『源氏』だけでなく、いろんな文学作品を読んでみたくなったのは最近です。

ふと人生といいますか、日々死に向かっていくだけの生活、

ひいては自分自身に立ち返って、なにかを思索してみたい気になった時に、

文学は必要なのかもしれません。

日々エネルギーを費やしてもすぐに満たされていた若かりし頃に、

ブンガクブンガクと押しつけられても、苦痛でしかないのです。

 

といっても、読みたくなるだけで、なかなか手には取らないのですが。

この物語は、行助という少年が、少年院に護送される場面から始まります。

優等生の彼が、なぜ犯罪に手を染めることになったのか、

事情は徐々につまびらかになっていくのですが、

一冊を通してみても、行助の心情に届くことはありませんでした。

あまりに理性的でありすぎるのです。

 

自分の家族も、出生も、恋も、犯した罪すらも、客観的にしか見ることができないのは、

一種の悲劇でもあります。

彼の母、義父は、彼を愛するが故に悩み苦しみます。

そちらのほうがよほど人間的でありますが、行助は彼らの思いを感傷的であると拒否します。

理性と感情、相反するふたつの性質を兼ね備え、さらにそれを制御できるのは、

生物の中でも人間だけだと思いますが、

身近なものに関しては、どうしても焦点が狂わされ、どちらかに偏りがちです。

その場合、えてして人は感傷に陥ります。

相手が理性側にいると、感傷は非常に白々しく映るもの。

感傷とはねつけられた側は、感情的なぶん傷つきます。

 

つねに公平な、公正な視点というものを身につけるのは、困難です。

人間には感情という厄介な衝動がありますから。

 

それでも、行助が親を思う感傷を備えていたならば、

悲劇はかたちを変えて、この家族の間には起きなかったのかもしれません。

 

それもまた、行助が欠陥を持った生身の人間だったということを表しているのでしょう。

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ヤスオーと古都の片隅で暮らしています。プロ野球と連ドラ視聴の日々さまざま。
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