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文科省からの通達で、セリーグの開幕予定がまたひっくり返りそうです。
「後から言うのはおかしい」と怒る監督もいるようですが、文科省もまさかこれといった節電計画案もなしに開幕決定がされるとは思わなかったのではないでしょうか・・・。監督官庁とはいえ、先に政府が介入するのもよろしくないでしょうし・・・。
選手会も最終手段としてストライキの選択肢を捨ててはいないようです。
もう1週間しかないというのに、まだまだモメごとは続きそうです。
しかし、パリーグの4月12日開幕・144試合消化・CS開催というのも、なにげにムチャな気がするのですが。
ダブルヘッダーも辞さないと選手会長は言っていましたが、実際そうなると、選手、とくに中継ぎ・抑え投手には多大な負担がかかります。
となると、問題はオフの年俸交渉。今年の球団の収益が減少するのは必至、今までどおりの上げ幅の金額を用意することは難しくなるのではないでしょうか。会社の収益によってお給料が変動するのはサラリーマンの宿命ですが、完全歩合制のプロ野球選手にそれを受け入れる覚悟はあるのかな、という疑問もなきにしもあらずです。
144試合&CSをこなさなくてはいけない確固たる理由がNPB側にはあるのでしょうが、うーん、いちプロ野球ファンとしては、やはり身体が資本の選手に負担のかからない開催をお願いしたいです。交流戦を減らすとか、延長はナシとか、福岡ナイター→翌日札幌デーゲームはヤメテとか・・・。
一方、やはり、センバツは開催されることになりました。こちらは世論的にも歓迎ムードに見受けられますが、選手、とくに被災地の高校生は複雑な気持ちを抱えているようです。プロアマ問わずいろいろなスポーツ大会が中止になっている中で、自分たちだけが野球をしていいのか・・・という葛藤が起こるのは、分別のつく年齢ですから仕方ないことだと思いますが、そこはしっかり大人である周囲の関係者がフォローしてあげてほしいです。
中には応援団が来られない高校もあるようですが、きっとアルプススタンドにはたくさんの観客が入って我が母校のごとく声援を送ると思います。阪神淡路大震災の時も、兵庫県から選出された3校にはひときわ熱のこもった応援が送られ、相手校はやりにくそうでした。今回も、初戦で東北高とあたる大垣日大は平常心でプレーできない環境になると思いますが、すべての選手が悔いなく試合を終える結果になってほしいと思います。
間もなく開幕を迎える「はずだった」プロ野球。
今か今かと待ち望んでいた6日前が、もうずいぶん遠い日のことのように感じます。
「それどころではない」というのが、一般人としてのもっともな意見でしょう。
しかし、プロ野球界では開幕に向けて大きなお金が動いていたのも事実。
一企業としての安定、広い視野では経済活動のことを考えれば、ハイソウデスネと開幕延期を決定できないのもわかります。
しかし発言には注意してもらいたいですね。どうも最近、自分の影響力を認知できていないのか、言葉を選べない(選ばない?)人が多いように感じます。
現場で動く=プレーするのは選手たち。
身内や知人と連絡がつかなかったり、心の整理がついてないことを吐露したりする選手も数多くいます。野球で勇気を与える、というには本人たちの意識が追いつかない以上時期早尚でしかないでしょう。実際、選手会では「開幕延期」の意見で一致していますし。また、以前のように首脳陣と選手間での乖離が起こってしまうのでしょうか・・・。
もしセリーグが強行開催ということになれば、センバツは延期の選択肢がなくなり、開催か中止の二択に迫られます(あくまでも甲子園を使用することに拘るのであれば、ですが)。最終的な結論は明日ということですが、東北高も出場の意志を固めたことで、もしかしたら開催の方向に動くかもしれません。阪神淡路大震災の時も賛否両論のあったセンバツ開催ですが、今回はどうなるのでしょう・・・。
姉は海外に住んでいます。
このたびの地震には胸を痛め、何をする気にもなれなくなったのですが、
近所の人や知人から、たくさんの励ましの電話やメールをもらい、少し落ち着いたそうです。
おそらく、ほとんどが日本には縁もゆかりもない人たちでしょう。
それなのに、みんな日本のために祈ってくれています。
報道でも、たくさんの国から義捐金や支援の申し出があったこと、
たくさんの国からの言葉、思いがネットに掲載されていることが報じられています。
遠かったはずの世界から、人と人とが作る輪が、地球を一周して日本を囲んでくれているようなぬくもりを感じます。
これほどの災害に遭いながら、略奪や暴行の見られない日本人の冷静さを、世界は称賛しています。
もちろん、過去の例を見ても報道されることがすべてではないと思いますし、
被災地外での買い占めの様子は悲しい限りですが、
歴史では、天災にも内乱にも大戦にもくじけず、幾度倒れても立ち上がってきた稲穂のような日本の侃さを学びました。
それを今、今を生きる我々が、歴史に刻む時なのだと思います。
物資が届かないことを知りながら、見ているしかないもどかしさ。
突然の停電の不安を想像するしかない罪悪感。
それでも、思いは共有できていると信じたい。
祈りがひとつとなって被災地へ届くと信じたい。
なぜ西と東で異なる周波数を使用することになってしまったのか。
今さら問うても詮ないこととは知りながら、電力供給に協力できないことに苛立ちすら感じます。
関東の大規模停電による混乱、弊害がどのくらいなのか見当もつきません。
奈良の町も人が少なく、梅の季節ですが観光客もまばらです。とくに外国の方はほとんど見かけません。
日本地理を把握しているはずの姉も、当日には電話がつながらないこともあり心配したのかメールが来ました。
しかし西日本は、電気もガスも水道も交通も大気も風景も健康状態も、なにもかわりません。
だから今、しなければならないのは、今までどおりの生活を送ること。
テレビで被災地の光景を目にするたび、うしろめたさが募ります。雰囲気的にも自粛傾向です。しかし西日本まで経済活動が停滞してしまえば、本当に日本が立ち行かなくなるかもしれない。だからこそ、今までどおりの消費活動を行うことが大切だと、感じます。節電は普段レベルにおいてもちろん必要ですし心情的にも辛いものはありますが。最低限の備えをしつつ、さしあたっての募金、少し時間をおいての献血や物資支援含め、最大限に自分のできることをしていきたいと思います。
大学時代の後輩が、卒業後宮城の沿岸部にある実家に戻ったと記憶しています。今もそこに住んでいるのかどうかわかりません。結婚していたら名字も変わっているでしょう。その地域の被害は甚大ではないと聞き及んでいますが、心配です。
まんじりともせず夜を明かしました。
阪神淡路大震災のあくる日と同じく、テレビ画面をのぞいては、こちらは何も変わらぬ朝でした。
次々とあらわになる被害状況の壮絶さも、次々に増えていく犠牲者数も、あの時と同じです。
もうあんな思いは二度としたくなかったのに。
地震の恐怖だけでなく、津波の猛威をまざまざと思い知らされました。ものすごいスピードで車や家を襲う中継映像に身を震わせ涙をこらえるばかりでした。「壊滅」――この日本で、そんな言葉を聞くことになろうとは。悪夢を見ているようです。しかしまぎれもない現実であることに、今の自分にできることを考えています。
どうか、どうかこれ以上、大きな余震や津波が起きませんように。
今も救助を待つ方々、
そして命がけで救助活動や支援活動、作業にあたっている方々が、
無事に生き延びられることを、強く願うとともに、
命を落とされた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。