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街からは、お正月気分もすっかり去ってしまいましたが、
大阪ではこのタイミングでまたイベントがございます!
それが「えべっさん」こと十日戎。
浪速のあきんどには一大事、商売繁盛を祈る神事です。
最も賑わう今宮戎神社は職場から歩いていける距離。
今年もゾロゾロ出かけて行きました。メインは明日ですが、土曜日なので。
私はもちろんお留守番。
ああっ、去年の笹、持って行かなきゃ! 忘れてますよ! 危ない危ない・・・。
えべっさんでもらう笹には縁起ものがいっぱいつるされています(これが有料なのだ)。
いちおう、飾る方角があるらしく、それが事務所の端っこです。
みずみずしい笹も、数日経てばカラカラに。
そして忘れ去られていくのです・・・。
大丈夫か、商売繁盛・・・。
おみやげもらいました↓
また太る・・・。
今年も箱根に燃えました!(今さらですけど)
ひとつになったチームって、強いんだなあ、と。
いろいろな逆境のあった東洋大ですが、見事総合初優勝!
5区のスーパールーキーには圧巻。
「山の神様」今井選手をはじめて見た時も驚きましたが、
今回は1年生とあって、それ以上の衝撃でした。
優勝を目指す者、シードを目指す者、襷をつなぐことを目指す者・・・。
箱根路をたどるごと生まれゆくいくつものドラマに、
新春早々、胸が熱くなりました。
これから東洋時代の幕開けでしょうか?
来年も楽しみです!
箱根駅伝は関東の大学の大会なので、
我が母校を応援できないのはちょっと残念なのですが、
次回は関東以外の枠も増えるとか?
それにも期待です。
関係ない話ですが、関東の大学は学年を「〇年生」と呼ぶのですね。
関西では「〇回生」なのです。
関東では留年したら永遠に「〇年生」らしいのですが、
関西では「5回生、6回生・・・」と進級(?)していきます。
邦楽部には伝説の「8回生」も存在したらしい・・・。

非常に評価の高いフランス映画ですが、私にはイマイチ魅力がわかりませんでした。
「バカ」を集めてパーティーを開き「バカ」を「バカ」にして楽しむのが趣味という主人公と、
その期待を裏切るどころか予想を遥かに超えた「バカ」っぷりを繰り広げる招待客との、
ずばり、ブラックなコメディです。
エリートサラリーマンのブロシャンはお金はあるけど浮気はするし趣味も最悪。
だが、お眼鏡にかなう「バカ」として招かれたピニョンのKYぶりも負けてはいない。
ギックリ腰で動けないブロシャンへ追い打ちをかけるがごとく、
ピニョンが次々と災難を巻き起こします。
しかし最低男のブロシャンに同情はできない、
かといってピニョンの行動は道化にしては度を越していて哀れみを憶えるほど。
笑うべきところなのに、まったく笑えませんでした。
ブロシャンにしてもピニョンにしても、どこかクールに描かれていて、
感情移入できるキャラクターではありません。
フランス映画は、時に描写が露骨で、
「バカ」は「バカ」とはっきり言いきってしまうところは、
オブラートに包むことに慣れた純日本育ちの私には受け入れられないところです。
ラスト5分は切なくて、目を惹いたのはその部分だけです。
愛想をつかして出ていくブロシャンの妻だけが、
唯一感情移入できるところでした。
テンポ良くほぼ密室劇なので、
舞台で観ればおもしろいかもしれません。
評価:★★★☆☆
今更なのですが、2006年にドラマ化された『氷点』の再放送を観ました。
放送当時はビデオに録っていたのですが、誤って上書きしてしまい、
それからずーっと気になっていたのです。
『氷点』をはじめて読んだのは13歳の時でしたが、
三浦綾子さんの作品は3作目、むさぼるように読みました。
世界のすべてが三浦作品を中心に回っていた私にとって、
これが「不自然な設定」だとか「ありえない」だとか「古くさい」だとか、
ましてや「ドロドロ」「禁断の愛」などといった形容をされるのは、
まったくもって理解し難いわけですが、
数年前の連ドラ『氷点2001』はまさに現代昼ドラ調継子イジメ物語になっていて、
主題歌と陽子役の女の子をのぞいてあっけにとられてしまいました。
世間的に見れば、そうなのね、と・・・。
なんだか悲しくなりました。
石原さとみを起用したこの特別ドラマは原作に忠実らしいので期待していたのですが、
待つこと2年、待った甲斐がありました。
非常に感動しました、前編は。
後編ははしょりすぎ、設定変えすぎでしたね。ちょっとがっかり。
『続・氷点』が余韻を残すすばらしいラストだっただけに、
60歳になった陽子は観たくなかったですね・・・。
キャストもいまいちでした。
徹役にはがっかりで、達哉役には頭を抱え、北原役には絶望しました。
でも、石原さとみは上手でした。
私の両親などは、はじめてテレビドラマ化された時の陽子役が鮮烈だったので、
「それ以外には考えられない」そうですが、
こちらのオールドファン受けはどうだったのでしょうか。
昔と感じ方もずいぶん変わりました。
はじめて読んだ時は、村井と由香子の関係が全くつかめず(当然といえば当然だが)、
辻口夫婦を邪魔するこのふたりが大嫌いだったのですが、
今は由香子の悲しみを理解できる気がします。
三井恵子の薄かった印象も、強まりました。
「罪」を「ゆるす」こと。その難しさを、陽子のようにはいかなくとも、考えています。
朝から晩まで三浦作品に没頭していた思春期を懐かしく思い返しました。
本は全部実家に置いてきてしまったので(というか殆ど母親のものなのだが)、
また読みたくなってきてしまいました。

舞台は第三次世界大戦の勃発した後のアメリカ。
政府の管理が厳格化していく中、ネオ・マルキシストという反政府団体が運動している。
主人公は大統領候補の娘婿であるボクサーという映画俳優(ボクサーは名前であって職業ではない)。
戦争のため世界はエネルギー危機に陥っているがある科学者の発見により救われようとしている。
記憶喪失になったボクサーの書いた脚本がどうやらカギらしい。
150分もある映画ですが、整理できるのはこれだけですね。
まったくついていけませんでした。
登場人物がやたらと多く、説明されぬまま死んでいく。
突然話が飛ぶ。
突然ミュージカルが始まる。
突然意味ありげな黙示録の朗読が挟まれる。
ある意味、これを作品として世に披露した監督はスゴイ。
監督はこれを「コメディ」と言っているそうですが、
どこを笑ってよいのやら、私の頭では理解できませんでした。
眠気と戦いながらの150分でした。
評価:★☆☆☆☆