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おのづから言はぬを慕ふ人やあるとやすらふほどに年の暮れぬる(西行)
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2013年も大晦日を迎えました。
前厄の本年、厄払いを済ませてひいた大吉のおみくじはお財布の中に眠ったまま。

 むらぎもの 心にとひて はぢざらば よの人言は いかにありとも

 (自分の良心にしたがって、正しいと信じたならば他人の言葉に迷わないようにしたいもの)

書かれた歌が今さらながら、身に沁みます。

あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。正しいと信じていたことが四方八方から否定され、自分の心がどこにあるかも見失い、「輪」のごとくからはほど遠い、「歪」な道をさまよう毎日のくり返しでした。

ただ、自分がつねに正しいとは限らないのもこの世のまた真実のひとつ。

醜くゆがんでしまった自分の眼には、世の中もいびつに映ってしまう。何もかもを否定しはねつけ、ああ、いつの間に自分はこんなにも閉鎖的な心を持ってしまったのだろうか。

いつ失われるかもしれない明日。
日々を思い残すことなく生きると決めたはずなのに、いびつな道をたどっていてはその約束を守れるはずもない。

2014年、本厄。
外へ踏み出そう。
光を浴びよう。風を感じよう。世界じゅうの言葉に耳を傾けよう。
そうすればきっと描ける。未来へつながる弧を描く虹の道。
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偽りなき者
舞台はデンマークの小さな町。妻子と別れ幼稚園で働くルーカスは、ある日親友テオの娘クララのついた小さな嘘が原因で変質者の烙印を押されてしまう。町じゅうの憎悪と敵意を向けられながらも、彼は無実を訴え続ける。

カンヌ国際映画祭で主演男優賞など3冠に輝いたデンマーク映画。ヨーロッパ映画というのはアクの強いものが多いですが、こちらも何とも言えない苦味を残しながらのエンディングでした。

原題は『狩り』。いい歳をした男たちが森で無邪気に遊びに興じるオープニングは、小さなコミュニティ内での親睦の深さをうかがわせます。それが一気に狩る者と狩られる者に変化する展開は、魔女狩りを想起させる残酷さでした。
両親の不仲に心を痛める幼いクララ。同様にまだ成長途上にすぎない兄は彼女に卑猥な写真を見せつける。家庭に居場所を見つけられないクララの拠り所であったのはいつも優しいルーカス。しかし彼に届けたハートマークをそっと返されたクララは、幼い反抗心で園長に訴えたのだった。写真を見せながら兄が口にしたことを、ルーカスが自分にした、と。
なぜクララが嘘をついたのか。それに至るまで、小さな心が周囲によっていかに傷つけられてきたか、静かに、しかしていねいに描かれます。自分のしたことで大好きなルーカスが追いつめられたことに心を痛めたクララは、あれは本当かどうかわからない、されていない、と訴えるものの、大人はもう耳を貸しません。子どもの言うことだからとぞんざいに扱わなかったのに、次は子どもだから記憶があいまいになる、と都合よく解釈するのです。しかしその勝手な大人たちによって、クララの家庭が絆を取り戻すのもまた、皮肉な描写でした。

クララの言葉に敏感に反応した園長。教育者として、子どもの声を真摯に受け止めるのは大切なことでしょう。しかしそれが本当に子どもを思うゆえだったのかは疑問です。離婚して幼稚園という女性的な場に転職してきた男性のルーカスを最初から異端視していなかっただろうか、そして彼が同僚のナディアと心を通わせたことで、さらなる偏見を生み出したのではなかろうか、と。ナディアは「英語で話したほうが良い?」と何度も訊かれていることから、おそらく外国人なのでしょう。職場恋愛は女性が多い職場であればあるほど、それが異端のふたりであればなおさら、周囲に敵を作りがちです。小さな町、そして幼稚園という職場、狭いコミュニティの抱えるいやらしさが巧みに練りこまれています。

狩りを愛する者が集う町。一度獲物に照準を合わせてしまえば、あとは引鉄を引くだけです。逃せばすなわち恥となる。ハンターたちは獲物=ルーカスを徹底的に狙い、追いつめます。愛する娘を信じるのは当然のこと、自分を侮蔑し迫害する親友の行動に傷つきながらも、子を持つ親としてルーカスは真摯に立ち向かう。ルーカスの愛する息子マルクスも、父親のために必死になって無実を訴えた。テオもまた、同じ親として心を動かされはじめていた。
狙いを定めたはずの相手が実は獲物ではなかった、と後から気づけば、それもまた恥となる。しかし間違いと認め銃口を降ろすこともまた、ハンターとしての勇気でしょう。テオは狩猟者としての誇りを持って、この「狩り」を終わらせることを決意します。

「獲物」でなくなったルーカスたちは、コミュニティに復帰します。その間の描写はありません。村八分の扱いを受けていたはずのルーカスとマルクス、そしてナディアはまるで家族のように、マルクスの初狩りのお祝いパーティの場へ現れます。一年前のことなどなかったかのように、歓迎を受けるルーカスたち。彼の心に去来するものは、何であったのか。
いじめにおいても、殴った者は忘れるが殴られた者は一生忘れないといいます。同様に、狩りをした者は忘れても狩られた者は忘れない。ルーカスの心を撃ち抜いた銃創が容易に癒えることはないでしょう。
ただ、居合わせたクララに向けられた優しいまなざしは、彼の寛容な慈愛の心でした。だからこそクララもそのさしのべられた腕に身をゆだね、一年前の罪と傷を浄化させるのです。

しかし、狩猟をしない者たちは、その関係性とは別の場所にいる。
女、または資格のない子どもは、最後まで獲物と信じたその相手を追い続ける。愛する者のために、あるいは自分のプライドのために。
狩りの途中、ルーカスを突如として襲った一発の銃弾。その正体は映りません。ルーカスがその顔を見たのかどうかも判然としないうち、画面は暗転しエンドロールが流れます。
「狩り」はまだ終わっていなかったのだ――。そのラストは観る者を戦慄させました。

誰かが傷つけば誰かが安堵する。誰かが幸せになれば誰かが不幸になる。
この世は狩る者と狩られる者でできている。だから誰もが獲物を探す。狩る者になろうと必死で銃を奪い合う。どんな世界の、どんなコミュニティにおいてもその原理は崩れない。
だが、狩られる者にもアイデンティティは存在する。それはその者が生きてきた証の刻まれた場所にこそある。どれほど迫害されても町を去ろうとはしない。それは彼のアイデンティティがこの町にあるからだ。人びとと暮らし、狩りと会合に興じ、愛すべきすべてに囲まれたこの町があればこそ彼の今が存在する。それが彼の救いでもあり、悲しみでもあった。
人はひとりでは生きていけない。だから、生きるとは困難だ。矮小な人間は苦しみ時には安息しながら、鎖された狭い世界でもがき続ける営みをくり返す。ずっと昔、狩りが命の営みであったその時から、きっとずっと同じなのだ。

…というほどしゃれたものではありませんが、人が集まってくる年末の実家。
仕事納めの帰り道、お邪魔してきました。

まるで欧米か! という時代遅れのフレーズを口にしてしまいたくなるようなチキンが待っていました。



実は足がありません。電子レンジに入らなかったからちぎられていました。

ケーキはお土産。



子どもたちも大きくなって、ケーキにもプレゼントにも以前みたいにわーわー喜んでくれないのがちょっと淋しいオババカ。
それでも姉弟一緒にふざけあって、ふざけすぎてママに雷を落とされて、そんな非日常な一幕に笑ってしまう年の瀬の夜でした。
今年見た映画を10点満点で

・R100 2点
 (松本人志は好きですが、この映画は特に褒めるところがないですね。)
・アウトレイジビヨンド 5点
 (面白くないわけじゃないですが、前作の方が良かったです。たけしが目立ちすぎです。)
・海の上のピアニスト 7点
 (観終わった後色々考えさせられ、語り合える典型的な良い映画)
・英国王のスピーチ 7点
 (僕もスピーチが下手なので非常に主人公に感情移入できました。)
・オブリビオン 7点
 (SFとしては凡庸だが、ラブストーリーとしては良いです。前半の退屈さが難点。)
・崖っぷちの男 6点
 (適度な緊張感と爽快感がある、娯楽作として普通に面白い映画。)
・キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン 6点
 (主人公の父親役の俳優の演技が素晴らしかった。ストーリーは普通ですね。)
・キャビン 7点
 (この映画、特にラストは何なんでしょう(笑)。しかしそこが良かったです。)
・桐島、部活やめるってよ 6点
 (スクールカーストの描き方が上手です。文化系のカースト下位の僕は面白かったです。)
・クライモリ 5点
 (普通に楽しめる王道のホラー映画です。僕はキャビンの方が好きかな。)
・第9地区 5点
 (世界観は良いですが、ストーリーはそんなに面白くないですね。)
・100万円と苦虫女 4点
 (僕はこの主人公よりも生き方が不器用なので、あまり感動しませんでした。)
・プレッジ 4点
 (僕はこういうラストはあまり好きではないですね。好みの問題でしょうが。)
・フローズン 5点
 (雪山のリフトに置き去りという設定だけで退屈しない映画にしたのは評価します。)
・マイ・ビッグ・ファット・ウェディング 2点
 (この映画は男性が見ても面白くないでしょう。)
・マネーボール 3点
 (面白くなかったです。僕は原作を読みましたが、映画向きの作品ではない気もします。)
・モンスターズ・ユニバーシティ 5点
 (悪くないですが、どうしても前作と比べてしまい、このぐらいの点数になります。)
全日本フィギュアがゴールデンタイムに放送され、そしてこんなに高い視聴率を上げるのも、もしかしたら今年で最後かもしれません。

ソチオリンピック代表選考会を兼ねた今大会、誰が権利を勝ち得てもおかしくない、これだけのメンバーがそろうのは、最初で最後。

ここ数年のフィギュア人気を支えてきた選手たちの多くが、引退を表明しています。

幾度も胸を震わせてきた彼ら、彼女らの全日本での最後の雄姿を目に焼きつけようと、その瞬間を待ちました。

たった一度のチャンスを完璧に演じて終えるのは、とても困難なことです。努力や希望だけで達せられるものではありません。だからこそそれが叶えられた時の、フィニッシュを待たず立ちあがり渾身の拍手を捧げた会場のファンの熱気と、画面ごしに胸震わせた感動は同じものであったに違いありません。
鈴木明子選手の、フィギュア人生の苦しみと喜びをそのすべてに込めた2日間のプログラム。進退に迷いながらも集大成としての照準をソチに定め、自身の最大限のパフォーマンスを磨き上げてきました。忘れもしない、バンクーバーで会場を一体にさせた『ウエストサイドストーリー』。スケートが楽しくてたまらないといった最後のステップと直後の涙。ハッピーエンドはカナダからロシアへ、まだもう少し、鈴木明子の物語は続きます。

その鈴木選手の優勝に、本人以上に号泣して讃えていたのが織田信成選手でした。笑顔がトレードマークのはずなのに、思い出すのはいつも涙。トリノを逃した時、バンクーバーでのまさかのアクシデント、そして引退を告げた時もまた、泣いていました。誰の追随も許さない、しなやかなジャンプが陰をひそめてしまった時はソチに間に合うのだろうかとやきもきしましたが、最後に用意されたのが、織田選手の人をなごませる優しい笑顔で終えられるプログラムであったのは、競技人生をしめくくるにふさわしい、素晴らしいラストであったのではないかと思います。そしてキス&クライを去り際に、ライバルのはずの高橋選手へ「大ちゃんがんば!」と声をかけた姿もまた織田選手らしく、もらい泣きから笑顔へと見る者の表情を変えさせたのでした。

低迷していた男子フィギュア界は、いつしか世界のトップ争いに何人も顔を出すほど、層が厚くなりました。その集団を先頭で引っ張ってきたのが、高橋大輔。バンクーバーのフリープログラム『道』は、最初の4回転転倒をものともせず、情感あふれる演技で世界じゅうを感動に包みこみました。人の一生は紆余曲折、その一端を切り取ったとしてもさまざまな感情の波があるもので、高橋選手はわずか数分間で人が生きるその喜びと悲しみを教えてくれます。彼もまた進退に悩みながらも、ソチを目指すことを決意したベテランスケーターでありました。
今季も安定した成績を残し代表争いにリードを保ちながら、最後の最後で怪我に襲われたのは神の気まぐれの成せる不運だったのでしょうか。練習すら困難な中でそれでも果敢に4回転に挑み、彼を自由自在に輝かせてくれた銀盤で指を負傷しながらも演技を続け、血にまみれた手のひらをすっと差し出したその姿は、観る者の心を動かすにはじゅうぶんでした。
5位ながら代表入りを果たしたことは、一度は絶望したはずの彼自身も、また彼によって代表を逃したものにとっても、心苦しい結果となりましたが、無理に気負わず、高橋選手の高橋選手にしかできない演技を、最後の大舞台で披露してくれることを望みます。

バンクーバーの代表選考の際、女子最後の枠争いに敗れたのは中野友加里選手でした。そして今回も涙をのんだのは、くしくも中野選手と同じ佐藤信夫コーチ門下の小塚崇彦選手でした。一発選考に踏み切れない連盟側が試行錯誤して定めた今回の選考基準でしたが、全日本3位の選手が5位の選手に敗れるという、またも不透明さを残す結果となってしまいました。手術を回避してまで挑んだソチ代表、安定しなかった今季前半の状態を覆す成績をおさめた彼が、せめて世界選手権に選ばれてもよいのではないか、進退を明らかにしていない小塚選手の胸中を思うと、もう少し救済の余地があってよいのではないかとモヤモヤしてしまうのです。

村上佳菜子選手も今季の不調が嘘かと思える、目の覚めるような演技でした。大舞台を前にプログラムを変更する、たいへん勇気のいる選択でしたが、結果は吉と出ました。『バイオリン・ミューズ』は個人的にとても完成度の高いプログラムと思っています。村上選手の持つ力強さ、挑戦的な姿勢は観る者の胸を確実に熱くさせます。ソチ後の女子フィギュア界を間違いなく担っていくであろう村上選手の最初のオリンピック。彼女の会心の笑顔とガッツポーズを楽しみにしています。

今季ひときわ大きな羽ばたきを見せてくれたのが町田選手でした。安定した4回転と熱情を迸らせるステップは、何度見ても時を忘れてしまうほどの美しさです。昨季も前半は成績を残しながら後半で調子を落としてしまいましたが、今年の町田選手はひと味違いました。『エデンの東』も『火の鳥』も、町田選手のソチにかける思いが伝わってくるような、渾身のプログラムです。こんな選手がいたのかと日本じゅうを驚かせるようなパフォーマンスを期待します。
エキシビションの『白夜行』もまた、何度見ても感涙を誘うプログラムでした。クリスマスで見おさめ…のはずが、テレビでは見ることができず残念でした。ソチで用意されているエキシビションを楽しみにします。

GPFを制して、代表争いを大きくリードしていた羽生選手と浅田選手。全日本は代表入りを確実にさせる成績を残すとともに、ソチを見据えた試行の舞台でもあったことでしょう。金メダルを確実に狙える位置につける両選手。圧倒的な力量で優勝を飾った羽生選手と、失敗はしたものの本人の目指すプログラムに挑戦した浅田選手、結果は分かれましたが、次元の違う滑りを見せつけられました。
銀盤がまるで雲のような、風と光に包まれて舞う羽衣をまとった飛天のような、それは至高の時間でした。

また、特別な輝きを放っていたのは安藤美姫選手。今年出産を表明し話題をさらった安藤選手でしたが、ソチの舞台でその実力をいかんなく発揮し表彰台にも上っていたかもしれない人生もあったかと思うと、ファンとしては惜しまざるをえない選択でありました。
もちろん、全盛期には遠く及びませんでした。しかし安藤選手の演技は、ブランクの期間とその間の大きすぎる身体の変化をかんがみれば、驚嘆すべきものでした。そして挑んだ、3回転ジャンプからの3ループ。失敗はしたものの、セカンド3ループは安藤選手の代名詞。バンクーバーでも見せてくれたチャレンジ精神は、ファンとして胸のすく思いでした。演技を終えたあとの晴れ晴れとした笑顔は、今までに見たことのないような美しい透明感にあふれていました。さまざまな苦しみと喜びに満ちていたであろう安藤選手の競技人生。同世代の浅田選手とはまた異なる大きな魅力にあふれた不世出の天才スケーターでした。トリノのバッシングからの復活、二度の世界女王、忘れられない数々の名演。なんといっても東日本大震災の後、ロシアで行われた世界選手権での珠玉のショートと迫力のフリー、そしてエキシビションでの『レクイエム』は今でも目に焼きついています。おつかれさま、ありがとう、ミキティ。

時代は確実に、次のステップへと進みます。四大陸代表に選出されたのは宮原知子選手と今井遥選手、そして無良崇人選手と田中刑事選手。4人ともオリンピック代表に匹敵する演技で魅了してくれました。次のオリンピックでは確実に代表の座を争うであろう、今後の練磨に期待します。また転倒したものの3アクセルに挑んだ大庭雅選手も、個人的に将来が楽しみです。だからこそ、オリンピック後の世界選手権にはオリンピック代表を逃した選手たちにそのイスを与えてほしかった。日本開催ということでスポンサーをめぐってのあれこれ、いろいろとオトナノジジョウがあることは推測できますが、連盟が本当に大切にしていることはジジョウなのか日本フィギュア界の未来なのか、フィギュアファンが置いてけぼりにされている感は否めません。

さあ、年が明けたらオリンピックイヤー。

時差を超えて銀盤の上で輝く代表たちの姿、全日本を超えるさらなる激闘の末の歓喜の笑顔、銀盤の上で舞うその姿はましろの雪を照らす赤い太陽を表す旗のごとく輝いて。

今から待ち遠しい日々です。
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ヤスオーと古都の片隅で暮らしています。プロ野球と連ドラ視聴の日々さまざま。
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