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おのづから言はぬを慕ふ人やあるとやすらふほどに年の暮れぬる(西行)

原爆をテーマにした創作物は、世にごまんとあります。

読んだり観たりするたびに涙し、胸を痛め、平和の尊さを思ったものです。

・・・過去形です。

そういう機会が多かったのは学生の時だけで、近頃はめっきり触れることがありません。

「戦後」の年が増えるに連れて、唯一(数少ない)の被爆国という言葉もどこか形骸的になり、

原爆が世間で真剣に語られることも減りました。

私自身もいつしか真剣に考えることから逃げるようになったのです。

 

そんな折、手に取ったのがこの本です。

漫画を読んで泣いたのはひさしぶりでした。

柔らかいタッチ、登場人物のほのぼのする会話と表情。

だからこそ、残酷な現実があまりにも悲しく、心にまっすぐ突き刺さってきたのです。

 

『夕凪の街』

舞台は原爆投下から十年後の広島です。

原爆で父と姉と妹を亡くし、母とふたりで暮らす皆実。

《ぜんたいこの街の人は不自然だ》

あのおぞましい記憶を語りたがらない人々。

皆実もまたあかるく笑顔で生きています。

わけがわからないまま誰かに「死ねばいい」と思われたあの日のことを忘れるために。

同じ職場の打越青年との間に淡い恋が芽生えますが、

彼女は甘んじてその感情に溺れることはできません。

《そっちではない》

《おまえの住む世界はここではないと誰かの声がする》

無数の骸を踏みつけ、盗み生き延びた皆実は、罪悪感に苛まれ続けてきました。

打越青年はそんな彼女のすべてを受け止める決意をします。

ところが幸せもつかの間、皆実は病に倒れます。

《嬉しい?》

朦朧とする意識の中で皆実は「誰か」に問いかけます。

《原爆を落とした人はわたしを見て「やった! またひとり殺せた」とちゃんと思うてくれとる?》

一瞬のうちに焼き殺されていった父や妹を含む無数の人々、

被爆から数ヶ月の後に狂い死んだ姉、

十年もの歳月を経ながら原爆のために命を奪われてしまった皆実。

自分の、家族の、街の死に、なんらかの意味を持たせ、

生きてきた自分の存在を証明させたかったその問いかけは痛切です。

あの炎は生き残ってさえ、心にも体にも見えない傷を与え続けたという事実を、

皆実は改めて教えてくれました。

 

『桜の国』

舞台は変わって現代の東京。

七波という女の子が主人公です。

彼女の父・旭は皆実の弟。あの日は水戸に疎開をしていて難を逃れていました。

母は七波が幼い頃に亡くなっていました。

しかし体調不良にやたら敏感な祖母と、病弱な弟・凪生に囲まれ、七波は元気いっぱいに育ちます。

やがて祖母が他界し、父も年老いていきますが、

成長した姉弟にひとつの現実がつきつけられます。

ふたりの母が被爆者だということです。

皆実が死んでのち、旭は進学のため広島に戻りました。

そこで近所に住んでいる少女・京花と出会います。

赤ちゃんの時に被爆し成長の歩みが遅くなったという彼女と交流を深めるうち、

次第に惹かれ始めたふたりはやがて結婚し、母と三人で東京に移住したのでした。

ふたりの子どもに恵まれ、幸せに暮らしていたはずの一家に最初の陰がさしたのは、

京花の突然の死でした。

原爆は遠い過去の話。彼女が被爆者であることと死を結びつけて口にする者はいませんでした。

「うちはもう知った人が原爆で死ぬんは見とうないよ」とつぶやいた祖母が死んだ時には、

もうそれが原爆のせいという人はいませんでした。

それでも被爆者が家族にいるという事実は消えません。

七波の幼なじみで凪生の恋人である東子の親には、

被爆者の息子という理由で結婚を反対されます。

《私もいつ死んでもおかしくない人間とか決めつけられたりしてんだろうか》

行き先を告げず出ていった旭を追った先は広島。

父のあとを歩むうちに、七波は自分の命のルーツを知っていきます。

七波もまた事実から目をそらして生きてきました。

母が、そして祖母が死んだ桜並木の町。

つらい思い出ばかりの町。

だけど父と母が愛を育み、幸せな家庭を築いた町に立ち、七波は思います。

《確かにこのふたりを選んで生まれてこようと決めたのだ》

 

七波は私と歳が変わりません。

私の両親も終戦間際に生まれました。

ほんの少し運命が違っていたら、七波は私だったのかもしれません。

それを思えば、

原爆は決して歴史の一事象に埋もれさせるべきではない、

惨禍は今も現在進行形で続いているのだということを、深く感じさせられます。

 

今年、この作品が映画になりました。

漫画ならではの心理描写が映像になってどのように表現されるのか、できあがりが楽しみです。

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